特集:雇用と就労のはざまで ―千壽庵吹田工場では?!―
はじめに
「千壽庵吉宗」で知られる三和製菓(株)が吹田にあります。この千壽庵吹田工場で働く詫間なお子さんのケースを通して、雇い入れた企業の思い、ジョブサポーターの役割などを取材しました。(編集部)
今から一年程前、すいた障がい者就労支援センターでは、長らく実習支援してきた人たちの就職先を何とか見つけようと、企業訪問や面接・実習依頼を続けていました。
昨年二月、ハローワークで千壽庵吹田工場のパート募集広告を見つけ、障がいをもつ人にチャレンジさせてほしいと依頼。千壽庵の採用担当者とは以前から面識があったこともあって、話が進みました。
菓子の箱詰め、箱折りなどの作業があったので、就職希望者の内、詫間なお子さんに 面接を受けてもらうことになりました。約一週間、現場で実習させてもらって、実際に仕事ができるかどうか、を見てもらいます。
実習初日は、ジョブサポーターが、工場内の様々な作業をやってみて、支援の準備をします。二日目から、いよいよ詫間さんの職場実習が始まりました。
工場では一日に何種類もの菓子を大量に機械生産しています。作業の基本となる饅頭拾いは、次々と焼き出される熱い饅頭を両手でベルトコンベヤからもれなく拾ってコンテナ容器に並べていくというものです。一、二時間ぶっ通しで同じ作業が続きます。機械に追われる非常に厳しい仕事です。
ジョブサポーターが声かけしながらの実習で、詫間さんは一所懸命でも、機械にはとても追いつけませんでした。 四日間の実習を終え、支援センターでは、この仕事は詫間さんには合わないだろうと見ていました。ところが、社長からは、「弱音をはかずによく頑張った」と評価をいただいたのです。
その後、詫間さん、ジョブサポーター、会社との話し合いで、@詫間さんの仕事を饅頭拾い、箱詰め、検品作業にとりあえず限定し、A作業手順も工夫しながら、トライアル雇用を実施することになりました。
詫間さんは、五月から、週五日、一日五時間のパートで最賃以上の時給で契約。仕事のやり方も、現場のパートの方や会社の上司の方と相談・試行錯誤しながら支援してきました。
トライアル期間の三ヵ月が経ち、仕事の能率もあまりあがらず、身支度や身の回りの片づけなども周りのパートさんたちに手助けしてもらっている状況。支援センターとしては、これ以上続けるのは無理ではないか、という意見でした。しかし、またもや会社から「これだけきつい仕事に文句を言わず、一日も休まずに働いてきた彼女には、ぜひ頑張ってもらいたい」と正式採用が出されたのです。
八月、炎天下の工場の中は焼き釜の熱気も加わり酷暑の環境です。手袋を取ると汗が流れ落ちます。詫間さんは「暑いな」でも「大丈夫」とがんばっていました。
企業の社会的責任として
会社として利益を出すことは前提です。しかし今は、社会的責任も問われます。最近では、コンプライアンス(法令遵守)や、CSR(社会貢献)が求められるようになってきました。 「製品(お菓子)を作ることで社会的責任を果たす」ことは、企業家として当然ですが、利益追求だけでは会社の存在意義がぼやけてしまうのです。社員の働く意欲も十分引き出せません。「この会社にきてよかった」と思ってもらいたいのです。私は、障がいをもつ方々が社会に接する機会を広げる場として、障がい者雇用を考え、伝えていきたいと思っています。
生産性・効率性ばかりを追求する風潮がありますが、仕事を通じて人間性を育てていくことも重要です。目に見える「もの」ではない価値を提供したいと思っています。
お菓子も、あんこの材料となる小豆を育てるお百姓さん、あんを練る職人、皮を作る職人、くるむ人、焼く人、そしてそれを運び、売る人等々、本当に多くの人が関わって成り立っています。そうした人のつながりと協力を社員にも実感して欲しい。だからこそ社会性や人間性が育つ会社にしたいのです。
その意味で詫間さんが入ってきたことで、支え合うことの大切さや人にものを教える難しさを伝えられたら、それだけで大きな意義があると思います。
お給料をもらって働くことで、本人も社会の一員としてしっかり自覚と責任をもって、支え合うことと仕事の厳しさとのバランスをとりながら今後も頑張ってほしいと思います。
事故の心配も丁寧なサポートと協力で解消 森川室長
私は実は障がい者雇用に抵抗していました。面接のときにも、本当に仕事ができるのか?どう指導していけるのか? などの不安がありました。万一の事故という心配もあります。危険という理解がされていずに機械に手や指をはさんで落とすような事態は、現場として絶対避けなければなりません。
その点ジョブサポーターの方々が、現場の写真を何枚も撮って口が酸っぱくなるまでやり方やルールを伝えようとしている姿には感心しました。また、彼女の作業量の目標設定を相談すると、一五分でいくつできるか数えるようにしたり、作業の仕方を手順よく伝えることを協力しながらやってこられたので、次に進めたのだと思います。
部外者が社内に入るので、企業秘密防衛という点でどうかと感じたこともありましたが、サポーターと相談、協力しあえたことは良かったと思います。
以前にも別の会社で三名の障がい者を使ったことがありますが、その時は支援などなく相談できる人もいませんでした。それに比べると、障がい者雇用の専門的知識を持ったジョブサポーターが長期にわたって仕事のやり方から通勤・仕事外の人間関係まで細かくサポート・助言されることは、驚きですらありました。
今回詫間さんを雇い入れたことで、人にものを教える難しさを痛感しましたし、努力することで「教えるコツ」のようなものを私たち自身が獲得できました。
詫間さんに期待することは、「速く」ではなく、多少ゆっくりでも正確に作業して貰うことです。定型の作業をもれのないように確実にすることが大事です。そうして、できる種類を年に一つでも増やしていけたらよいと思います。
人に仕事を教える基本を学んだ/直属上司の松原さん
第一印象は、おっとりした子やなぁということと、体が大きいので細かい仕事ができるのかなぁという心配はありました。ただ、現場の仕事は、パターン化された作業がほとんどですから、正確にきっちりできるように覚えてもらおうと心がけました。
詫間さんと一緒に仕事をして、人に仕事を教えるということの基本を学びました。これまで私は、まず作業をして見せて細かいところは後で言葉で説明するというやり方でした。いわば「見て覚えなさい」というやり方です。でも詫間さんには、なぜそうなるのか? なぜこういう作業が必要なのかをわかりやすく丁寧に基本から説明しなければなりません。私にとっていい経験でしたし、教える訓練となりました。この経験は、新しいパートさんに作業を教える時に、とても役に立っています。
現場の作業はみんながいるからこそやっていけます。そのことを忘れがちなのですが、詫間さんが入ったことで、協力することや教え合うことの意味や意義を実感できました。
詫間さんは人なつっこくていいのですが、言葉遣いが誰とでも友達感覚になってしまいます。でも会社の中の人間関係ですから、ある程度けじめは必要です。今後の課題は、一つの仕事が終わったら待っているのではなくて、「次は何をしますか?」って聞きに来る積極性でしょうね
今も暗中模索の真っ最中です/ジョブサポーター上国料さん
詫間さんの就労は、会社のトップの強い意欲と現場のみなさんの関わりで支えられてきています。問題が起こってくれば、相談に応じてもらい、会社の人たちから前向きな提案もいただいています。
ジョブサポーターは、当事者が会社でサポートを必要とする場面、具体的な援助の内容や方法を明確にして、それが会社の中でいつも提供されるようなルールづくりを進めます。その会社の従業員〜同僚や上司の方々が、ちょっとした見方や手法を変えることでできるサポート体制を日常の中に作り上げることが何より必要なのです。
すいた障がい者就労支援センターでは、本人の状況や支援について検討が必要な場合には、ジョブサポーターを二人体制にして、違う視点で物事を見て議論、相談することも進めています。千壽庵には昨秋からもう一人のジョブサポーター・橋迫さんと交替で関わり、課題や状況を共有して問題解決にあたろうとしています。
そして今詫間さんは、大きな課題に遭遇しています。昨年一一月頃から、他の人からの注意を受け入れられないことが多くなり、周りの従業員の方々がストレスを感じられています。その状況がさらに自分自身へのプレッシャーになるというジレンマがあります。詫間さんが仕事に慣れてきたせいなのか、原因はまだわかっていませんが、仕事の継続にも本人のストレスにも大きく影響する問題です。
職場全員が参加する相談会が開かれたり、いまも暗中模索の真っ最中です。本人・事業所・支援者それぞれ、よい体験を重ねられるよう頑張りたいと思っています。
(2006/09/29)