特集: リスク・トラブルあっても「じぶんできめる!」
―自立を摘みとる障がい者自立支援法施行―
「アパートを借りて一人暮らしをするのが夢だったのですが、自立支援法成立で夢は遠くなりました」―知的障がいをもつ当事者団体=ピープルファーストのメンバー・梅原義教さん(31歳)は、大きなため息をつきます。梅原さんは言語障がいをもち、全身に麻痺があるため車いす生活ですが、社会福祉法人・創思苑が運営するグループホーム「春宮」で4人の仲間と共に暮らし始めて7年になります。
体験宿泊を経て、介護者とホームヘルパーの支援を受けながら、親元を離れ自立への一歩を踏み出したのが22才の時。昼間はクリエイティブハウス「パンジー」でパソコン入力やパン製造を行い、作業が終わると仲間と共にグループホームに帰ります。
4月1日、障がい者自立支援法が施行され、梅原さんの自立生活に不可欠な社会的援助が打ち切られたり有料化されようとしています。同法が障がい者の自立にどんな影響を与えているのか? 東大阪にある知的障がい者通所授産施設「パンジー」にお伺いしてメンバーや理事の方々に話を聞きました。(編集部)
当事者中心 自立支援ネット
「パンジー」は、一九八四年、障がい者が地域で生きていくことをめざして障がい者・障がい児とその親・健常者が学習会を始めたのがスタートです。八六年には自立の家「つばさ」をオープンし、九二年には、運営の安定化をはかり、知的障がい者の地域での自立を進めるため社会福祉法人・創思苑を設立しました。
現在では、手作りパンやさをり織りなどの作業をするクリエイティブハウス「パンジー」「パンジーU」、自立生活支援センター「わくわく」、九ヵ所のグループホーム、はっしんきち「ザ☆ハート」などで構成されています。
創思苑・パンジーは、「じぶんできめる!」を合い言葉に、当事者中心の自立支援ネットワーク作りをめざしています。障がいをもつメンバー全員で話し合う「どらえもん会」「わくわく会」では、旅行の行き先や、給料について話し合ったりしています。理事、職員、当事者、保護者で構成される運営委員会には、どらえもん会役員として出席し、平等な発言と議決の権利を持っています。
また、自立支援センター「わくわく」は、@当事者が自分の人生を自分で決めること、A当事者が仲間のことを考え、支え合うこと、B当事者が社会における位置と役割をもって生きていけることを目標に掲げています。
自立生活をしている当事者が相談業務を行い、自立生活をしている当事者が集まって「自立生活友の会」をつくり、自立している自分の思いなどをまとめた「自立新聞」を発行し、当事者から当事者への情報発信をめざしています。
パンジーには、家族と離れて泊まってみたいという希望を持っている人のために、宿泊室が用意されており、介護者といっしょに泊まって食事を作ったり、お風呂に入ったり、自立生活を体験できます。
また、毎週土曜日には「わくわく活動」として、行きたいところにガイドヘルパーといっしょに出かけるという活動も行っています。
描けぬ未来 親依存へ逆戻りも
梅原義教さんがパンジーと出会ったのは一八歳の時。四歳から一四歳まで入所施設で暮らし、その後、養護学校を経て地域の共同作業所であるパンジーと出会い、今年で一三年目となりました。グループホームでの自立生活も、自分の意思で親を説得し、泊まりの回数を増やしていくことによって一歩一歩獲得していったものです。こうして積み上げてきた梅原さんの地域生活にとって自立支援法はどんな影響を与えているのでしょうか?
「障がいの重い人も軽い人もグループホームに入ってほしい。お金もかかるし、やっぱり(自立支援法は)あかん」(梅原さん)―成立した自立支援法では、@医療や福祉サービスを利用する際に原則として障がい者本人に一割負担が課せられます。またA外出の際に利用される移動介護(ガイドヘルプ)などは新たに「地域生活支援事業」として別立てになり、介護給付などを含む「自立支援給付」とは別に負担が求められ、さらにB施設などを利用する際の食費、光熱費などの実費負担も加わります。
ところが就労から排除されている障がい者の収入は、障がい基礎年金・生活保護などに限られており、「最低限度の生活保障」で変わらないので、梅原さんのように意欲を持って自立生活を営んでいる障がい者のサポートが削られたり、結局親への依存に逆戻りする場合も考えられます。
梅原さんは、一人生活の夢が遠ざかったばかりか、グループホームの生活も維持できるのか不安な毎日を送っています。
障がい者にとって「自立」とは?
「自立支援法で変わるところはたくさんありますが、知的障がい者にとっての最大の影響は、個別の生活を支援する制度がなくなることです」―創思苑理事長の林淑美さんは語ります。例えば、グループホームでの生活は、親からの自立という意味で大きなステップですが、やはり集団での生活となります。ここにホームヘルパーが入ることではじめて個人の生活が保障されてきたのです。
創思苑が運営するグループホームは、知的障がい者が生活保護を受給し、他人介護料の受給やホームヘルパーの利用を含めたサポート体制を整えたグループホームです。梅原さんが暮らす「春宮」もこうしたサポートを受けていましたが、自立支援法成立によってホームヘルパーの利用は大きく制限されることになります。
さらに知的障がい者が最も利用していたガイドヘルパーも財政赤字を理由にばっさり切り落とされることになります。
「知的障がい者の個別の生活を保障する制度がどんどんなくなっているのです」(林さん)。これまで長い時間をかけて地域や行政との連携のなかで積み上げてきた生活の「質」に関わる部分が削り取られて、全て集団でやっていかねばならなくなります。生きることは、集団の部分と個別の部分で成り立っています。仕事や学校は集団の部分ですが、個人の生活の部分こそが生活の「質」に大きく関わります。個別の部分が削られることは「生きる」質の低下に直結するのです。
知的障がい者が「これが自分の生活だ」と誇りを持つ生き方ができるように支援したいと思ってきた創思苑・パンジーにとって、自立支援法の影響は社会的援助の削減にとどまらず、積み上げてきた中身そのものを脅かすものとなっています。
「自立とは、障がい者が施設から出たり、家族から離れて一人で生活するという障がい者自身の努力で成り立つ生活様式だけを意味するものではありません。障がい者が人間として認められ、自己決定権が保障されること、社会を構成する人たちが、『一人一人がかけがえのない存在である』という価値観を共有することが必要です」理事長の林さんは語ります。
地域に出ることや経験を深めることは、大きなトラブルやリスクを伴うこともあります。しかし外の世界に出ることによって経験や自信を深め、生きていく力を蓄え、そして周りとのつながりを築いていくことができるのです。こうした生きる道筋は障がいがあろうがなかろうが同じはずです。自立支援法はその可能性を摘み取る法律です。
施設利用料1割負担不払いに関する決議
愛知県名古屋市にある、社会福祉法人「AJU自立の家」の授産施設で、利用者が1割負担不払いの決議をあげました。要約して紹介します。 (編集部)
施設利用料1割負担不払いに関する決議
理由(抜粋)
私たち障がい者は 福祉サービスを利用しなければ、社会から全く隔絶した生活となってしまいます。 福祉サービス利用は生きていくために必要な手段ですが、障がい者自立支援法はそれに対して、否応なく応益負担を課すことを定めました。
私たちは、社会的貢献や自立生活の実現のために働きたいという願いから、一般就労の機会から排除されてきた仲間が集り、この16年間一生懸命働き、授産工賃と障害年金で社会的経済的自立ができるまでになりました。
しかし、私たちのこれまでの努力は根底から覆されることになりました。働いて収入を得るためになぜ多額の利用料を払わなければならないのか。
わだちコンピュータハウス利用者は、全員の合議により、障がい者自立支援法のあまりにも大きな矛盾に抗議し、原則1割の利用者負担の不払いを決議しました。このことで、施設利用を拒否される場合には、憲法25条の定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を侵害するものとして、裁判に訴えてでも世に問うていく覚悟です。
私たちは、一人の社会人として胸を張って働きたい。働いて自分らしく生活していきたいのです。極々当り前な願いを実現したいのです。何故月3千円の工賃を得るのに年金収入の5割(数万円)を支払わなくてはならないのか。全国の仲間の大多数は、国の決めた制度の下、市町村に対しても、それに従う施設の費用徴収に対しても、文句を言えない弱い立場に置かれています。私たちは障がい者の自立を支援するどころか自立を阻害する制度に、怒りすら覚えます。このことは全国の仲間の声なき声であると確信します。
以上
平成18年4月6日 身体障がい者通所授産施設 わだちコンピュータハウス利用者一同
代表 小島功、石田長武
(2006/09/29)