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手話やろうあ者の文化を留学生に教える楽しさ/森本菜穂子

手話サークルに参加している米国人

講演を頼まれて関西外国語大学に行った。始めたのは一年前で、今回で四回目になる。依頼者は枚方市の手話サークル「アトリエ」に参加しているアメリカ人で、関西外国語大学の先生をしている。「アトリエ」は一九九七年二月の設立で、他の手話サークルが日本語対応手話(日本語を話しながら同時に手話単語を表現する)を学ぶのと違って、ろうあ者が中心になって、ろうあ者の言語である日本手話(日本のろうあ者が使う言語)を直接に健聴者に教え、市民に広めている。

そのアメリカ人は毎週金曜日の夜、手話サークル「アトリエ」に通って六年になる。彼は積極的にろうあ者と飲みに行ったり喫茶店に行くので、ろうあ者の友達が増えていった。後でわかった事だが、彼は一〇年前「手話で話した島」に行って、一年間そこで暮らしながら手話やろうあ者文化の研究をしていた。日本に来た時も、日本手話とろうあ者文化の研究をしたいと思って手話サークルを探したそうだ。今回の関西外大の講演も、「日本手話やろうあ者の文化を留学生に教えてほしい」と依頼してきたわけだ。

英語ではなく日本手話で「こんにちは」

彼は大学の講義で、留学生に名前や簡単なあいさつを日本手話で教えているそうだ。私が講演に行く前に、自分の名前を日本手話で表せるように留学生に仕込んだと聞いて、興味津々であった。実際、講演に行くと留学生が全員そろって英語ではなく、日本手話で「こんにちは!」と挨拶するので、さすがの私も感激した。なぜかというと、留学生が第一言語である自分の国の言語と違って、第二言語である日本語を学びに来ている上、日本手話も覚えるというのは、よほど興味がないと難しい。日本にいるのに外国にいるような不思議な気持ちになった。

講演では、ろう学校の時に受けた口話教育、発音の練習、音声言語の場合には口の形がよく似た言葉は区別できない事、また手話は音声言語と同等の力がある言葉である事や、手話は視覚言語であり音声言語よりわかりやすい事などを話した。

時々、私の日本手話を見ている留学生の反応を見たいと思って、日本手話で「わかった?OK?」と聞いた。すると、あちこちで「OK!」と親指を立てながら笑顔でうなずいてくれる。もしわからない時は「NO」と人差し指を横に振りながら首を振る。このように反応してくれるのでうれしい。外国人は日本人と比べて身振りが多く、感情を出すことを恥ずかしいと思わない風土がある。だからこちらも留学生の反応に合わせて話を進めたり、戻したりすることができるので講演がしやすかった。

「ろうあ者と話したい」という強い興味

また、講演が終わった後の質疑応答の時も積極的に質問をしてくれた。「聞こえないのは先天性か? 後天性か?」「家族はみんなろうあ者か?」「音をどうやって知るのか?」など難しい質問もあった。日本で手話を学んでいる健聴者を対象にして講演をした場合、質疑応答で質問する人はあまりいない。質問をするのが恥ずかしいからなのか、自分の手話が下手だからと遠慮してしまうからなのか。

しかし、この留学生たちは恥ずかしいという感情より「覚えた手話でろうあ者と話してみたい」という気持ちの方が強かったのだろう。つたない手話で質問する勇気がうれしかった。一番大切なのは「自分の手話で話してみたい」という気持ちだと改めて感じた。

最後に、身振りだけで伝言ゲームをやってみた。希望した留学生五人に黒板の前に出て四人は背を向いてもらい、一人だけ私の方を向いてもらった。私が単語を身振りで表し、それを見た一人が背を向いた人に身振りで順番に伝えてもらうゲームである。それを三回やってみた。単語は日本文化に関する「たこやき」や「回転寿司」や「もちつき」。

「たこやき」や「回転寿司」は食べた事がある人が多く最後まで伝えられたが、「もちつき」は大晦日やお正月ぐらいしか見られないので、見た事がない人はうまく伝えられなかった。でも身振りはそれぞれの個性が出て面白かった。音声言語より身振りで伝えた方が、親近感が沸くから不思議だ。以前電車の広告で見た「英語は第一言語、第二言語は身振り言語」の言葉のとおり、身振りはどこの国でも通じるということなのだろう。

日本手話を大学のカリキュラムに

こうして楽しかった講演が終わった。留学生からも「もっと話を聞きたい!」「日本手話を覚えたい!」という声があった。ただ残念なのは、毎回講演の度に学生が変わる事である。講演をした学生とはそれきりで二度と会うことがない。カリキュラムのため仕方がないかもしれないが、せめて外国人学生が覚えた日本手話でろうあ者と交流できる機会をもっと作ってほしいと思う。アメリカ人の友人も同じ気持ちで、去年から手話サークルを作り、学長と「大学にも手話教室を作ってほしい」と交渉している。しかし学長は手話を言語として見ていない為、首をたてに振らない。いつかろうあ者の言語である日本手話が言語として大学に認められるまで友人と共に頑張りたい。(終)

(2006/09/29)



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