「読者の視点」スポーツ紙に学べ/石塚直人
サッカー一色の騒々しさにうんざり
「今日はワールドカップ(W杯)、どんな写真で行く?」──。朝夕刊の紙面会議で、こんな会話が交わされるようになって半月。四年に一度のサッカーの祭典、メディアの力の入れようはすさまじい。
日本代表への声援をあおっているだけとしか思えない、騒々しい報道(とくにテレビは職場でつけっ放しなので、そう感じられる)が続くと、私はいらいらしてしまう。「もっと他に、知らせるべきニュースがあるだろう」と、心の中で舌打ちする。予選のオーストラリア戦で日本が惨敗した時は「しょせんこの程度の実力なのに、あおるだけあおっておいて、何を今さら」と思った。そんな私も、日本─クロアチア戦の翌日六月一九日は、スポーツ紙をいくつも買い込んだ。
両軍〇対〇のこの試合、ヒーローはGKの川口能活選手だった。大阪発行の全国紙はすべて、絶体絶命のペナルティーキックを彼が左手で弾き飛ばした写真を一面に入れた。サンケイスポーツでは、横っ飛びの彼の写真(顔のすぐ前にボールがあり、見事な迫力)と「日本残った」などの見出しだけで一面の半分を使った。どの新聞にも「神の手」など最上級の形容詞が並んだ。
「大人の風格」に好感もてた川口選手
私は八年前、川口選手に会ったことがある。当時、はがきで読者からインタビューしたい人を募り、相手の了解が得られれば同行して質問をしてもらい、やりとりを記事にする企画を担当していた(「読者の夢のインタビュー」の名前で今も続いている)。サッカー少年団の小学五年生男児とスポーツ好きの女子大学生を引率して、横浜に出向いた。
驚いたのは、二二歳の彼が完全に大人としての風格をたたえていたことだ。チームプレーについて「相手が本当に苦しい時に助けること。ふだん優しくても、グラウンドで無責任では困ります」などと答えるのを聞き、私はすっかり彼が好きになった。ちょうどW杯フランス大会の直前で、彼自身が本番で失点を許すクロアチアについても「皆が軽く見ているけどすごい」と予言していた。
彼はその後、欧州のプロチームに加わるが低迷し、四年前のW杯日韓大会では補欠に甘んじた。エリートから一転して長い不遇をくぐった彼が苦労を実らせ、紙面で称賛されるのはうれしかった。小泉内閣の反民主主義、日銀総裁の厚顔無恥ぶりにゲンナリさせられる中、各紙を読み比べて気分転換をした。
実はスポーツ記事ほど「読者の眼を意識して」書かれている記事はない。駅売りがほとんどのため、読者に強くアピールしなければ売れないスポーツ紙がそうした紙面作りをし、一般紙もそれに引きずられるのが大きな理由だ。中には驚くほど取材の深みを感じさせるものも少なくない。政治部や経済部の記者が少し見習ってくれたら、といつも思う。
(2006/09/29)