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社会保障/生活保護を追う

「おれみたいな人間はいっぱいいる」

七月二四日、秋田県で胸の詰まる事件が起きました。二度にわたり生活保護の申請をしたにもかかわらず、「働く能力を活用していない」として却下された男性(三七才)が、福祉事務所のすぐ前に自分の車を停めて車内で練炭自殺をしたのです。男性は「保護を必要とする人が保護を受けられないでいる」と友人に話し、次のように決意を伝えたそうです。「おれみたいな人間はいっぱいいる。そういうのを無くしたいからおれが犠牲になって福祉を良くしたい」。貧困者をさらに追いつめる福祉行政への抗議の自殺でした。

男性は運転手などの仕事をしていましたが、五年前に睡眠障害をわずらって解雇され、母親から六〜七万円の仕送りを受けて暮らしていました。二年前からは車中生活だったといいます。男性の友人は「生活のリズムが不安定な彼には、時間を定めた仕事は無理」と話しています。

近年、生活困窮者の死亡事件などが相次いで報道されています。今年五月、北九州市で電気・水道・ガスを止められ、二度にわたって生活保護を求めた男性(五六才)がミイラ化して死んでいるのが見つかりました。男性が生活保護を求めて区の保護課を訪れた際、区側は「身内の援助が受けられないか」話し合うよう求めたそうです。しかし二男も生活が苦しく、援助できるような状況ではありませんでした。結局男性は申請書すら渡してもらえず、直後に亡くなったのです。

「もう生きられへんのやで」

京都市では今年二月に、五四才の男性が認知症の母親の「介護疲れ」で心中を図るという事件がありました。

一〇年にわたり男性は認知症の母親の介護と仕事に追われながらの生活を続けていました。しかし、母親の症状が進行し、介護のために週に数回は一睡もできない状態となります。昨年七月からはデイサービスも利用して、何とか仕事と介護を両立させようとしていましたが、母親の症状が急激に悪化。九月には仕事を辞めて三ヶ月間の失業保険を受ける途を選びました。男性は三度、生活保護を申請しましたが、福祉事務所は、失業保険受給を理由に却下。その際窓口の職員からは、失業給付が切れたら受給できるとのアドバイスはありませんでした。

一二月にはデイサービスを全て断って支出を切りつめましたが、三万円の家賃さえ払えなくなります。一月には、母親に「もうお金もない。もう生きられへんのやで」と話しかけ、母親が「そうか、アカンか」「お前と一緒やで」と答えるというところまで追い詰められました。

そして二月一日の朝、近くの河原で母親の首を絞め、自身も自殺を図ったのです。

男性は死にきれず、殺人の罪で起訴されました。この事件の判決で裁判官は、「裁かれているのは被告(心中を図った男性)だけではない。生活保護制度、介護制度のあり方が問われている」と、行政の問題に踏み込む見解を示しました。

厚生労働省指導の水際作戦

国民生活基礎調査(01年実施分)を分析すると、低所得で貯蓄もほとんどない世帯(年収一五〇万円程度で貯蓄五〇万円以下)が全体の八%です。これは生活保護を受けてよい水準ですが、生活保護率は世帯比で二%弱。貧困層の二割程度しか受給していないことになります。給付額を抑制しようとする政府方針と裏腹に、本来受給される生活困窮者が放置されているのが実態です。

「まだ若いから働けるでしょ」「子どもさんに養ってもらいなさい」。こう言って相談者を追い返すという福祉事務所の対応は「水際作戦」と呼ばれ、保護費抑制をねらう厚生労働省の指導に基づくものです。

先の北九州市は政令指定都市の中で保護受給者の割合(保護率)が最も低く、保護行政の「優等生」とされているそうです。京都市の福祉行政は、北九州市をモデルにしていると言われています。自殺や心中の様な悲惨な事件も、「水際作戦」の結果として発生したものだと言えるのではないでしょうか。

日弁連が今年実施した調査では、自治体窓口で保護の申し出を拒否されたうち、六六%が自治体の対応に生活保護法違反の可能性があることがわかりました。その中には「生命の危険がある」ケースもありました。調査を分析した大阪弁護士会の小久保哲郎弁護士は、「生活保護を受けさせまいとする水際作戦は、野宿や孤独死などの人権侵害につながっている可能性が大きい」と行政の対応を批判しています。

社会保障制度の転換進めた「小泉改革」

小泉政権はこの五年間「小さな政府」を掲げて、社会保障費用を低く抑える政策を次々と進めてきました。障がい者自立支援法によって、食事やトイレ・外出など日常生活において不可欠な支援に利用料がかかるという、世界にも例のない制度改悪がなされました。介護保険法も改定され、障がい者・高齢者の暮らしに自己負担料が重くのしかかっています。その流れに追い打ちをかけるように、憲法二五条に基づく「最低生活保障」をうたった生活保護までもがやり玉に挙げられています。

政府は七月に打ち出した「骨太の方針二〇〇六」で、生活保護の切り下げ(生活扶助の減額や母子加算の廃止)を盛り込みました。生活扶助を基礎年金並みに引き下げるというものですが、そもそも年金額が最低生活水準よりも低いことの方が問題なのであって、本末転倒です。

すでに老齢加算は廃止され、母子加算も段階的に削減されています。大阪市ではこの九月で水道料金の減免が廃止になり、一〇月いっぱいで地下鉄・市バス料金の減免措置打ち切りが決定しています。高齢者や重い病気を負った人などから、「これじゃ生きていけない」という声が上がり始めています。

生活保護制度は、すべての人が人間らしい生活を営む権利、各人が幸福を追求して生きる権利を保障するものです。その理念がゆがめられ、財政上の理由だけで制度を縮小しようという流れには、どこかで歯止めをかけなければなりません。「人間らしい生活とはどんな生活か? 生活の最低水準とはどんなものか?」、いまこそ問われなければなりません。

(2007/02/19)



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