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医療の現場での高齢ろうあ者支援/森本菜穂子

高齢ろうあ者と病院へ同行する度に、いつも考えさせられる事がある。それは、医者や看護師と意志疎通が困難である事と、医療に関する情報が入って来ない事である。診察の際に手話通訳が必要なのだが、筆記のやりとりだけで済ましている高齢ろうあ者もいる。しかし戦争のためろう学校の教育を受けていない多くの高齢ろうあ者は、読み書きが苦手なので筆記によるコミュニケーションがスムーズにいかない。

薬の飲み方さえわからないことも

月二回病院へ通う高齢ろうあ者夫婦も、医者とずっとコミュニケーションができないまま受診していた。薬の飲み方がわからず、自分で判断して飲むこともあれば、飲まない日が続くこともあったそうだ。医者もコミュニケーションや治療の方法がわからず、困り果てていた。手話通訳を頼んで受診に同行する支援を始めると、医者が開口一番、「手話通訳者がいるほうが助かる!」と言ったのが印象に残っている。

やりとりに難航、診察に5時間も!

ある日、食事会の途中で高齢ろうあ者の顔色がよくないなあと思っていると、急に脇腹がよじれるように痛がったのだ。それを見て、「ただごとじゃない!」と感じ、救急車を呼んだ。幸い手話通訳のできる健聴者もいたので、一緒に救急車に乗った。その時の救急隊員の応対に納得がいかなかった。

マスクが口を覆っているため、何を話しているのかわからない。戦後のろうあ者のほとんどがろう学校で口話教育を受けているため、健聴者の口の動きを見る習慣があるからである。こちらが「耳が聞こえないので、マスクをはずして話していただくか、メモに書いてください」と言うと、たいがいの人は困惑してマスクをはずして、メモに書く。また、救急隊員が「どこが痛いですか?」と、痛さのあまり目をつぶっているろうあ者に聞くのも困る。この場合、体の絵が書かれた紙に痛いところを記入できるようにしてもらえないだろうか? 患者の身になって考えてほしいと思う。

病院に着いてからの医者や看護師とのコミュニケーションにも困った。手話通訳者も医療専門語がさっぱりわからない。また、いろいろな検査を受けるために何回も部屋を移動したのだが、医者の説明を手話通訳者が表した手話を、私が読み取って高齢ろうあ者にわかりやすい手話で表すため、倍の時間を要した。検査が終わって病名がわかるまで五時間かかった。

きめこまかいコミュニケーション支援が必要

ようやく今年の四月から大阪府内の公立病院五カ所に手話通訳者が設置されたが、まだ安心できない。問題なのは手話通訳者の表す手話の質である。健聴者に合わせた「日本語対応手話」は、難聴者や中途失聴者にはわかりやすいが、ろうあ者には通じない事が多い。読み書きの苦手な高齢ろうあ者にはさっぱりわからない。また、出身地や出身校により手話が違うのは当然のこと。病院の手話通訳者にすべてのろうあ者の手話が読み取れるとは限らない。難しい医療専門語がどれだけ通じるのかも疑問だ。

ろうあ者一人ひとり性格が違うように、手話も一人ひとり異なる。それを理解した上でどう支援していくかが問題なのだ。だから手話通訳者は健聴者だけではなく、ろうあ者も必要であると確信している。ろうあ者の手話通訳者の必要性をもっと行政に訴えて行きたい。

(2007/02/20)



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