特集:2日前に連絡しないと電車に乗れないの?
バリアーフリー新法とJR「介助ポスター」「最寄り駅から応援を呼ぶことはできるけれども時間がかかるし、車いすごと階段を登るのは大変なので、天王寺駅または寺田町駅から乗車されたほうがいいですよ」。頸髄損傷で車いすに乗る松崎有己さん(三六才)が、JR西日本東部市場前駅(大阪市東住吉区)駅員から言われた言葉です。東部市場前駅の近くにグループホームがあるため松崎さんが駅の利用を問い合わせたところ、こんな答えが返ってきたそうです。 東部市場前駅にはエレベーターもエスカレーターもないため、地上階にある改札から高架上にあるホームまで数十段の階段を上らねばなりません。ちなみに駅員が強く勧めた隣駅は、東部市場前駅からはそれぞれ一・八q(寺田町駅)、二・三q(天王寺駅)あります。車いすで、三〇分以上走らねばなりません。雨の日などは、ズブ濡れとなります。 松崎さんは数日後、電動車いすで友人(手動車いす)と共に、この駅を利用することはできましたが、「車いすでこの駅を利用して欲しくないという雰囲気を強く感じた」と松崎さんは語ります。 また宮野秀樹さん(頸髄損傷・三六才)は、「今は可能な限り電車は使いたくない」と言います。自宅最寄り駅の社町駅(兵庫県加東市)は無人駅。ホームまではスロープがあるので自力で行けるのですが、ホームと電車の渡し板がないため、利用する数時間前に連絡をして六駅先の厄神駅から板を持って来てもらわねばなりません。こうした心理的負担が重く、結局電車での外出を諦めてしまうそうです。宮野さんも松崎さんと同じように外出先で他の駅へ行くよう勧められた経験があり、「食い下がって対応を求めれば可能だったりもしますが、食い下がらなければ乗車拒否にあう」と言います。 「どこでも、だれでも、自由に、使いやすく」というユニバーサルデザインの考え方に基づく交通バリアフリー新法が昨年末に施行されました。交通に限らず建物等を含めた総合的なバリアフリー施策を推進するため、「交通バリアフリー法」と多数の人が利用する建築物のバリアフリー化を目指す「ハートビル法」を統合・拡充したのが「バリアフリー新法」です。旅客施設・旅客車両、建築物、道路(歩行空間)、 駐車場、公園などのテーマごとに詳細なガイドラインづくりが示されています。しかし、実情はどうなのでしょうか? JR西日本の「介助ポスター」「障がい者の乗車は、二日前に連絡を」。〜こんな介助ポスターがJR西日本の主要駅約五〇〇駅に掲示されました(写真参照)。ポスターの下の方には、「混雑状況や時間帯により、お待ちいただくことや近隣の駅の利用をご案内させていただく場合もあります」とし、「スムーズにお手伝いさせていただくため」「乗車二日前までに連絡をお願いします」と二日前までが目立つように書かれています。 JR西日本は、「乗車を制限する意図はなく、待ち時間を少なくする理由もあった」と説明していますが、松崎さんや宮野さんにとってこのポスターは、自由な駅の利用をますます遠くさせるものとなりました。ポスターを見た鈴木千春さん(頸髄損傷・二九才)は、これまで前もっての連絡なしで環状線に乗っていましたが、「当日の電車利用ができなくなるのか」と大きな不安を抱きました。実際駅員から「本当は二日前なんですよね」と二日前連絡が原則のように言われたそうです。 どういう意図でこのポスターが作られたのか、JRはバリアフリーをどう考えているのか知りたいと、障大連などの当事者団体が、JR西日本と話し合いをしてきました。また、障がいがある全国の地方議員らでつくる「障害者の政治参加をすすめるネットワーク」(代表・入部香代子)は、八月一〇日、、新大阪で会議に集まった際に、駅のポスターを見て、これは放っておけないと急きょJR西日本への抗議を行いました。 ネットワーク側の主張は、◆急に電車を利用する場合もあるので、二日前までに連絡を求めるのは、行動を制約することになる。◆目的地が整備されていなければ行きたい駅以外で乗り降りしなければならないとも解釈できる。◆障がい者ゆえに二日前に行き先を決め、JRに知らせることを強要するのは、差別にあたる―というものです。 交通バリアフリー法では、JRなどの交通事業者に、誰もが使える交通機関実現を求めています。障がいをもつ人々が「いつでも、誰でも、どこへでも」を合い言葉に長年活動してきた成果です。 障がい者は特別な準備申込みをしないとJRに乗車できないと思わされるような書き方は、誰でも自由に乗れるように進める時代に逆行しています。「二〇〜三〇年前のままの意識だ。いったいいつの時代のものかと驚かずにいられません」入部さんは語ります。JR西日本側は、 二日前までの連絡について「大阪支社ではこれまでどおり当日の利用で大丈夫です」と回答していますが、 乗車を制限する意図はなかったとしても、事前連絡が原則と対応されれば新たな時間の制約(バリア)が課されることになります。 |
寺田町駅(大阪市生野区)にも問題のポスターが・・・。 確かに「介助ポスター」なのだが、その中身は? |
利益優先で安全・安心は何所に?
JR西日本本社への抗議の直後、掲示期間も終わったとしてポスターは回収されました。
JR西日本がこんなポスターを作成・掲示したのには、全般的な人員削減が背景にあるようです。JR東日本でも昨年末、青梅線の中神駅(東京都昭島市)の駅員さんが、「来年から窓口業務が機械化により駅員の人数が減らされるので、時間帯によっては車いすの方の対応が出来なくなるかもしれない。現場としては困っている。」とCIL(自立生活センター)昭島所属の障がい者に話しました。
そこで事実確認の為CIL昭島のメンバーが、駅長・助役と話し合いを重ねたところ、「JR東日本鰍ニしては 人員削減が最優先課題である」と明言したそうです。
エレベーター・エスカレーター等が設置されていない駅での駅員削減は、交通バリアフリー法に反する措置ですので、CIL昭島は、@削減の撤回を求めると共に、A駅の体制変更を行うときには、沿線住民・地域住民に説明をすることを求め交渉を継続しています。
今年四月に、桃谷駅(大阪市生野区)で視覚障がい者夫婦のホーム転落事故がありました。「安全・安心を最優先する」とのJRの発表は、くり返し事実に裏切られています。公益性の高い公共交通事業が利益優先になっていることが根本原因です。
意識の中にもある様々なバリア
「障がい者が何のサポートもなくいきなり乗車すること自体が無謀だと思います」「車いすは、乗車スペースも取るし、一般の乗客にも迷惑かけます」「ただでさえ迷惑をかけるんですから甘えるのもいい加減にしましょうよ」。こんな意見も障がい者団体等に寄せられました。
JRの介助ポスターがこうした意見と相通じる発想に立ったものだと考えることはできます。
まず、障がい者の日常生活についての想像力の決定的な欠如です。車いすで通勤し、友人や恋人と会い語らい、時には旅行もする、こうした当たり前の生活を想像できていないのではないでしょうか。「二日前の連絡」や「最寄り駅以外からの乗車」がいかに日常生活を困難にするか? 自分に置き換えればすぐわかることではないでしょうか?
さらには、障がい者が当たり前に生活し権利主張することへの反感や違和感です。障がい者は、家でおとなしくしておればいいのであって、外出したいのなら迷惑にならぬようまわりに気を遣って、「ありがとう」「お願いします」を忘れるなという見方です。こうした意識が「権利ばかり主張しないで」というコメントとなっています。
入部さんは、こうした批判意見に対し、上記のように語っています。障がい者に対する偏見や差別をなくすには、あらためて自分たちの意識を見直しましょう。
(2007/10/11)