リレーエッセイ「ろうサロン」-森本菜穂子
Aさんのホームサイン
週1回、地域活動支援センターのろうサロンに通っている高齢ろうあ者が数人いる。その中には一人暮らしの人もいれば、健聴者の家族と暮らしている人もいる。Aさんは今までホームサイン(身振りに近い独特の表現)によるコミュニケーションをしてきたようだ。幼少の頃、戦争で学校に行けず、同じろうあ者同士のコミュニケーションをするという経験がなかった人達が多い。その為、今まで家族やろうあ者の友人とも意思が通じていない事が多かったようだ。Aさんが、友人のろうあ者と共にろうサロンに来られるまで、たぶん淋しい思いをされてきたのだろうと思う。
その人の表すホームサインに慣れていなかった最初の頃は、私も健聴者スタッフも彼が何を言いたいのか分からなかった。しかし、来られるたびに、私たちに昔のろう学校時代のアルバムを見せてくれたり、ろう学校時代の話をしてくれた。こうしてその人を取り巻く背景や生い立ちが徐々にわかってきて、自然にその人の話が理解できるようになった。
ありのままで話せるサロン
高齢ろうあ者の中で、幼少の頃に手話を学ぶ環境がなかったAさんのような場合、成人してから周囲とのコミュニケーションに支障をきたしてくる事がある。しかし、幸いろうあ者の集まりなどに参加し、みようみまねで会話しながら手話を覚えていく人もいれば、仕事が忙しく、家と会社を行き来するだけで、ろうあ者とのつながりのなかった人もいる。
そこで問題になってくるのは、自分の思っていることや気持ちを表現できることば(手話)を持っているかどうか、また相手に表現できることば(手話)で伝え、わかってもらうというコミュニケーションができているかどうかである。Aさんの例でも分かるように、一人暮らしであるとか、健聴者の家族と一緒に住んでいても手話ができる人がいないために家族内でのコミュニケーションがうまく取れないとか、そういう悩みを抱えているろうあ者は少なくない。子どもの時に家族や友達や色々な人と出会い、言いたいことや自分の思っていることを相手に伝えることをたくさん経験しないと、大人になってもコミュニケーションがうまく取れないことが多い。
話が一方通行になってしまったり、相手の話を聞くことができないという問題も出てくる。そうした場合でも、手話で話し合える友達がいる、あるいは手話で話せる場所があると、安心できる。そういう意味でろうサロンは色々なろうあ者が安心して、ありのままで話せる場でありたいと願っている。
(2009/05/15)