日本の「マザー・テレサ」武田紀さんを悼む -石塚直人
子どもへの奉仕と働く者の権利
年明け早々、武田紀さんが亡くなった。84歳。知り合ったのは30年近く前、高知支局での駆け出し時代に遡る。
彼女は高知慈善協会が運営する児童養護施設「博愛園」(土佐山田町、現・香美市)にいた。初代園長の岡上菊栄(坂本龍馬の姪)に見初められて1947年、保母に採用され、翌年23歳の若さで園長に就任。菊栄と同様、子どもたちと24時間起居を共にし、89年まで勤め上げた。
人手もお金も不足しがちで、子どもたちの食事を確保するのが精一杯の時代が長く続いた。私生活を全く犠牲にしての42年に及ぶ献身は、キリスト教信仰に基づく。退職後は有志とともに設立したDV被害女性のための民間シェルター「青涛の家」に住み込み、昨夏入院するまで20年、傷ついた女性たちの世話を続けてきた。
取材での思い出が2つある。
1つは、園長を退任する数年前に職員らが組合を結成、「ろくに休暇も取らせない」と抗議した時のこと。子どもの幸せのため母親になりきろうとした彼女は、職員にも同じ思いを求め、8時間労働などの近代的な労働観には縁遠かった。ふだん神様と隣人への感謝以外ほとんど口にしないのに、珍しく「一部の人たちが訳のわからないことを言って」と不満を漏らした。
個人的には尊敬していただけに、記事にするのはつらかった。事情を知る記者は自分だけで、書かなくても今のところ他社に抜かれる心配はない。とはいえ、福祉の現場で働く人たちが思い通りの休暇も取れないのはおかしいし、このままでは職員のなり手がなくなる恐れもある、と心を決めた。彼女の私への対応は、その後も全く変わらなかった。
※武田さんに関心を持たれた方はネットで検索をお願いします。http://www.jizenkyokai.or.jp/toshi/toshi.htm
(2010/02/10)
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