ぷくぷくの会ホームページ

「国家機密」を避ける大手メディア -石塚直人

沖縄「密約」文書の開示を命じる判決

1972年の沖縄返還の際、日米両政府が交わしたとされる「密約文書」を巡り、元毎日新聞政治部記者の西山太吉さんらが国に開示を求めた訴訟で、東京地裁は原告全面勝訴の判決を出した(4月10日)。

判決は文書の存在を認めた上で、「文書がないため開示せず」とした国の姿勢を「調査が不十分で不誠実」とし、慰謝料の支払いまで命じた。文書がないと言うなら、それを立証する責任は国にある、との判断は、市民による情報公開請求が同様の理由で拒否されることが珍しくない現状からみて、高く評価されよう。西山さんは判決後の記者会見で「政治環境が変わった」と述べ、政権交代による効果を認めた。

西山さんが「密約」文書を入手、その一部を報道したのは、返還協定が結ばれた71年のこと。翌年、文書に基づき野党議員が国会で質問、窮地に陥った佐藤政権は反撃に出た。西山さんは外務省の女性事務官とともに国家公務員法違反(秘密漏洩)で逮捕され、起訴状にある「ひそかに情を通じ」がテレビや週刊誌で大々的に報じられた結果、新聞各紙の密約問題追及は吹っ飛んだ。

後遺症は今も続いている。ウィキペディアによれば、これを最後に、大手メディアの政治部が国家機密にかかわる事項でスクープを放つことはなくなった。西山さん逮捕に伴う不買運動は、毎日新聞にとって打撃となり、同社を深刻な経営難へと導いた。

週刊新潮の編集者を長く務めた故・亀井淳さんは、当時の同社の内幕を「来る日も来る日も西山記者と毎日新聞、そして新聞一般のアラを探す作業に駆り立てられた」「中でも驚いたのは、毎日の内部から社の内情に関する通報が次から次へと届いたことである」と自身のHP(雑記帳、06年4月)に書いている。

高校生だった私は、西山さん逮捕と世論の急変をはっきり覚えている。記者の端くれとなった今、毎日の内部から週刊新潮に通報が相次いだという話ほど、つらいものはない。

(2010/05/27)

WEBは抜粋版です。すべて読みたい方は購読案内をご覧ください。



1999 pukupuku corp. All rights reserved.