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新聞の作り方85:橋下・維新の会、圧勝の理由を考える 石塚直人

文化・福祉の切り下げ

大阪市長・大阪府知事選(月日)は、知事から転身した橋下徹氏と「維新」の松井一郎氏が圧勝した。私が驚いたのは、接戦と見られた知事選で松井氏が200万票を獲得、次点候補に万票の大差をつけたことだ。改めて「維新」旋風のすさまじさを実感させられた。

月日現在、両トップは着々と新たな体制づくりを進めている。反維新で結集した各党や労組も、共産など一部を除けば「これが民意なら仕方がない」とばかり沈黙。中には維新に擦り寄る動きもある。

法改正が必要な大阪都構想などは別として、教育・職員両「基本条例」や予算の組み換えはすぐにも実施されるだろう。橋下氏は早速「大阪市の意味不明の補助金」を槍玉に挙げたが、この大幅削減により、同市が辛うじて維持してきた教育、文化、福祉分野のきめ細かな施策までが雲散霧消しかねない。

例えば、外国人住民らが通う夜間中学。財政難でメニューを減らされ、今やパンと牛乳だけになった給食さえ打ち切られるのではあるまいか。そんな事態を防ぐべく、現場を守る職員には頑張ってほしい。良識のある市民のバックアップも欠かせない。行政のあらゆる分野で、これから本当の闘いが始まる。

「生きるか死ぬかの闘い」

なぜここまで差がついたのか。選挙翌日の各紙は「閉塞感にいらだち、とにかく現状を変えてほしいと願った」市民意識の強さを第一に挙げ、併せて民主、自民の国会議員がほとんど動かなかったことなど、既成政党や集票組織の弱体化を指摘した。確かにその通りなのだが、ここでは少し別の見方をしてみたい。

歴史好きなら、どうしても「桶狭間」や「赤壁」を連想してしまう。橋下氏が街頭演説で叫んだ「生きるか死ぬかの戦い」は、彼にとってハッタリでも何でもなく、本心だったはずだ。それに対し、反橋下陣営は士気が緩んでいた。最後にあわてたが、もはや挽回不可能だった、という構図だろう。

橋下氏が知事となって1年後、「連日3、4時間しか眠らず、行政についての本を乱読し、府幹部に500本の政策メールを送った」「単なるタレント知事ではない、と府幹部が目を見張った」と紹介した記事を読んだことがある。彼は自身の主張を通すため、死にもの狂いで走り続けてきたのだ。それと匹敵するだけの努力を反橋下陣営の何人がやったのか、が問われなくてはなるまい。「三国志」で言えば、橋下氏は曹操。平松氏は微妙だが、自治体連合を組みながら松井氏に大敗した倉田氏は袁紹、といったところか。

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