骨抜きにされた障がい者総合福祉法
骨格提言に基づいた総合福祉法を!
矢吹文敏(日本自立生活センター所長)&宇都雪人(ぷくぷくの会)
「障がい者制度改革推進会議」のもとに発足した「総合福祉部会」は、昨年8月、障がい者自立支援法に代わる新たな法律となる「障がい者総合福祉法」の「骨格提言」を提出しました。提言は、障がいの種別や立場を超えて多くの人々の思いが結集されたもので、JDF大フォーラム(昨年10月)でも、「障がい者総合福祉法」に、全面的に盛り込むよう決議しました。
ところが1月に「自立支援法―一部改正法案を国会に提出」との報道が流れ、法案を見てみると、法の理念・目的、名称は変えるが、自立支援法の骨格的な部分は変えず、実質的に自立支援法を引き継ぐ改正案であることが判明しました。しかも改正部分は、@障がい者の範囲に難病の一部を加える、Aグループホームとケアホームの一元化、B障がい程度区分と就労支援の在り方について3年後の見直し規定を設けるという程度のものです。
日本政府の財政状況は厳しく、「社会保障と税の一体的見直し」が検討される中、私たちが期待する総合福祉法の制定やそのための予算措置も決して楽観を許さない状況にあります。
こうしたなか、障がい当事者、家族、関係者から批判の声が巻き起こり、「みんなの手でつくろう! 障がい者総合福祉法を! 全関西集会」(2月29日、京都テルサ西館)が行われました。この集会を準備した、矢吹文敏さん(日本自立生活センター所長)と参加した宇都雪人さん(ぷくぷくの会)に、集会の意義と今後の活動について話し合ってもらいました。(文責・編集部)
骨格提言の意義
矢吹: 骨格提言は、「私たち抜きに私たちのことを決めないで」という原則と、障がい者権利条約という指針のもと、丁寧な議論を重ねた大きな成果です。
宇都: 総合福祉部会は、自立支援法についての考え方も運動の方向性も違う55人の委員が集められました。委員の中には、自立支援法賛成派の人たちも多数います。入所施設をもっと作るべきだという考えの人もいれば施設反対派もいます。犬猿の仲だった人たちが同じテーブルに着いたのですから、果たして合意できるのか? という心配がありました。
でもこの55人が作業部会を作り、発足から18回の議論を重ねて、ギリギリのところで譲り合い、総意としてとりまとめたのが「骨格提言」でした。
矢吹: 議論のなかで、学者・病院関係者・家族が変わっていきました。例えば、「親の会」から「施設を廃止したら、どれ程の家族が困るのかわかっているのか?」という入所施設反対委員への批判に対して、「すぐに無くせと言っているわけではない。地域社会という受皿が充実していくことで、施設は要らなくなるんですよ。地域で生きる中身を充実させることで、家族が抱え込まなくても、生きていける社会を創れば、自然に施設は要らなくなるし、施設内での虐待の問題も地域に開かれることで、防止できるんです」など、これまでの歴史や運動を否定せず、丁寧に説明するなどの努力しました。長年対立してきた組織間でこうした対話と相互理解が生まれたこと自体が、大きな成果です。
現政府への失望と怒り
宇都:ところが政府が提出しようとしている厚労省案は、中身は自立支援法の延命法ともいえるものです。当事者が声を上げない限り、この流れは変わらないと思い、集会に参加しました。
私は電車のトラブルで、15分程遅れて会場に着いたのですが、送迎車がずらっと並び、参加者が入口から溢れていて、びっくりしました。集会は、自立支援法延命への危機感と、民主党に対する怒りと失望感で満ち溢れていました。
矢吹:あれほど多くの車イスなどの参加者が集まり、溢れかえった集会は、近年ありません。800人の会場なので資料を900部用意したのですが、1300人が参加しました。会場整理がたいへんでした。(笑)
宇都: 私も政権交代に期待したひとりですが、今音を立てて崩れかけています。2009年10月、長妻厚生労働大臣(当時)は、日比谷野外音楽堂で、1万人の聴衆を前にして次のように語りました。「皆様に非常に重い負担と苦しみを与え、尊厳を傷つける自立支援法の廃止を決意しているところでございます」―この挨拶のところでは凄い拍手がわき起こりました。あの大臣の宣言は一体何だったんでしょう!
矢吹:厚生労働省官僚からの猛烈な巻き返しで、事実上大臣の宣言は撤回されました。舞台の裏側で何があったかはわかりませんが、少なくとも民主党は、党として我々に説明する責任はあるはずです。説明なしに、官僚案丸飲み法案が出てきたのでみんな激怒しているのです。
厚労省官僚は、時間切れ間近に法案を出して、どさくさに紛れて国会で通過させるつもりでしたが、今回の全関西集会のような抗議活動が全国で取り組まれ、各地の民主党議員に抗議のFAX・電話・手紙が殺到したために、一部骨格提言を盛り込んだのだと思います。
宇都:ただしそれはほんの一部です。藤井克徳さんは、「3勝48敗9引分」と評価しています。「法の理念と目的」は、骨格提言が反映されていますが、「応益負担」が一部残され、「サービス決定の仕組み」も「報酬単価の引き上げ」も「障がい程度区分の廃止」も無視されました。最も腹立たしいことは、移動支援が市町村事業に残されたことです。厚労省は今も介護保険との統合を諦めていないのでしょう。
矢吹:厚労省内には医療保険との統合をめざす動きもあります。骨格提言は、医療モデルから社会モデルへの転換を謳っていますが、厚労省は、逆に医師の権限を強める方向に動いています。就労支援や障がい者手帳の発行にも医師の判断を求めてきてますし、日中活動の就労継続B型や生活介護の中にも医師・看護師の設置を求めています。
自立支援法延命のための厚労省案
宇都: 私たち障がい者は特別な権利を求めているわけではありません。食事し、移動し、入浴するという自分自身の行為のために健常者がお金を支払うことはありませんが、私たち障がい者は、日常生活の介護にサービス料を支払わないといけないのです。これは制度的差別です。
さらに、厚労省は応益負担を応能負担に変えるとしていますが、家族の収入も含めているのはおかしなことです。
矢吹:障がい者総合福祉法の後には、差別禁止法の法案化も予定されています。しかし、今回の厚労省案への変更経過自体が障がい者差別です。「障がい者は保護される対象で、社会参加の権利なんて生意気なことを言うな!」というのが厚労省官僚と民主党の基本姿勢だからです。この障がい者への目線と認識が変わらないかぎり、制度をいくら変えようが、我々の尊厳は回復しません。
戦後からの恩恵的な様々な障がい者割引にしても、福祉制度にしても、「障がい者の社会参加」という明確な目的と理念に基づいて再構成されるべきです。所得保障を制度化しないまま、つぎはぎの福祉制度と救貧思想の障がい者割引で誤魔化しているのです。
自立支援法は、介護保険への統合をめざした制度ですから、看板だけ「総合福祉法」に変えても、実施主体の地方自治体は、統合の方向で進んでいます。
自治体が求めているのは、国が責任をもつ全国一律の制度です。地方財政の負担を減らし、骨格提言に沿った総合福祉法の成立を求める地方議会の決議があがり始めています。
自信をもって社会参加を
矢吹:今回の大震災でも、阪神大震災でも、我々障がい者の仲間達が炊き出しをしたり、支援物資を集め、被災地に送りました。社会貢献と言えば生意気に聞こえるでしょうが、これこそ社会参加だと思っています。こうした障がい者の働きや役割を思想化できないものかと考えています。
私は、反貧困ネットワークの副代表をしています。派遣切りに代表される非正規雇用の問題やホームレス・生活保護などの一連の問題に関わり始めました。これまで「万国の労働者、団結せよ!」と言われても、「どうせ俺たちは労働者じゃないし、関係ないわ」と思ってきたのです。ところが反貧困運動や行政の支援プログラムのなかで、ピアカウンセリングや自立支援の手法などが使われ、障がい者解放運動が20年以上前から訴え、開発してきたエンパワメントの思想などが語られているのです。
こう考えると障がい者運動は先駆的です。こうした社会貢献に自信を持って、社会に関わり続けないといけません。また、私たちの運動の歴史も検証し、車いす○台などと自分を物扱いする言葉を使わないようにしていかなければと思います。
宇都:社会運動自体が低調期だった80年代、障がい者運動が果たしてきた役割は大きかったし、その運動の蓄積があったからこそ、高齢化社会をどう構想するかという展望も作り出してきたと思います。
矢吹: 障がい者の多くは、生活保護が主な生活の手段になっています。でも、生活保護は一時的な立ち直りをめざした制度ですから、本来の目的とは違います。障がい者の生活費については、別の制度で保障されるべきです。ベーシック・インカムは、そういう意味では、対等な社会参加を保障する制度になりうるのかもしれません。
厚生労働省は、「自立支援法を廃止すると、現場・自治体の混乱を招く」と言い訳をしています。しかし2003年の支援費制度、06年の自立支援法、07年の特別対策、08年の緊急措置、11年の「つなぎ法」と、ほぼ2年に一度の制度改正をしてきた経過を考えると「先の見えない、手直しに次ぐ手直し」が現場・自治体の疲弊感や徒労感を生み出しています。
「厚労省案」は、3月13日に閣議決定され、連休明けに国会に提出される予定です。ここ数年は、障がい者政策を好転させるチャンスでもあります。今、求められているのは、「とりあえず」の改正から脱却し、骨格提言に基づく「障がい者権利条約の批准に見合った10年間を展望できる法案」です。
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