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新聞の作り方88:各社総力戦の3・11朝刊 石塚直人

大きく二つに分かれた社説

「あの日」から1年が過ぎた3月日の朝刊紙面。 各紙はそれぞれ、この1年を振り返り次代を見据える大量の記事を載せた。戦後ならぬ「災後」の言葉も生んだ歴史的な大災害を再点検する特集記事は、各社の総力戦の趣を呈し、被災地の苦難に寄り添おうとの姿勢がうかがえた。

ただ、社説は大きく2つに分かれた。脱原発を明確にしたものとそうでないものと。京都新聞は、「経済優先の『あの日』以前に、なし崩し的に原発を戻すようなことは許されない」と書き、原発再稼働に前のめり気味の野田政権を批判した。原発によって、エネルギー浪費型の社会になっていなかったかとも問いかけた。 東京新聞の「私たちは変わったか」は、雪の福島で印象深い二人に会ったと説き起こし、彼らの口を借りて地域の願いに冷淡な国の現状を照らし出した後、「被災地の人々は変わったけれど、そうでない人々は変わらないという事態を恐れます」「原発に頼らない国を創る。核なき世界を目指す…」とした。深い内省に裏付けられた、格調高い文章だ。

被災者の肉声に耳を傾け、原発に依存してきた自分たちを問い直す謙虚さが、この日の社説には欠かせまい。政府や住民に高みから注文をつける、例えば読売社説の感覚に違和感を持つ所以である。ドイツの脱原発を決定的にしたのは、「福島の事故のような危険を後世に引き継ぐことは倫理的に許されない」との判断だったとされるが、同社などが原発再稼働を説く記事には「経済」の視点こそあれ、「倫理」のそれは見当たらない。

権力の暴走に歯止めかける報道

11日、東京・大阪を含む全国各地で、脱原発の集会やデモが行われた。私の住む兵庫県西宮市では10日に「原発をなくす西宮の会」の結成集会が開かれたが、主催者の予想を大幅に上回る約300人が詰めかけ、講演の合間に隣の会議室からいくつも椅子を運びこむほどだった。11日の朝刊では、赤旗と朝日が報じた。

朝日には橋下徹・大阪 市長に絡んで、この間注目すべき記事がいくつかあった。アメリカのブッシュ政権が、10年前に作った「落ちこぼれゼロ法」の破綻を検証した3月4日朝刊(3面=以下は大阪本社版)、「被災地のがれき処理が進まないのは憲法9条のせい」との発言の周辺を取材した、同9日朝刊(37面)など。

「落ちこぼれゼロ法」は、学校を保護者や子どもに選ばせ、選ばれなかった学校を統廃合の対象にするもので、橋下氏の構想とほぼ同じ。報道によれば、10年間でニューヨーク市の公立小中高校1750校のうち、150校が閉校となり、教員の4分の3が退職した。結果として、貧困層や移民の子らは置き去りにされ、オバマ大統領が1月に見直しを宣言したという。こういう記事が多く書かれ、広く読まれてこそ、暴走に歯止めをかけることが可能になる。

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