特集:施行される障がい者虐待防止法 地域で必要なものは何か?
全国自立生活センター協議会人権委員会委員長 佐野武和
「障がい者虐待防止法」が、今年10月から施行されます。ぷくぷくの会では、7月7日に開催されれた総会に佐野武和さんを招き、虐待防止法施行にむけての記念講演をして頂きました。
今号では、講演内容を踏まえて虐待防止法の内容や問題点、さらには、 全国自立生活センター協議会人権委員会委員長として佐野さんを中心に全国で行っている「虐待防止ワークショップ」も紹介して頂きました。(編集部)
虐待防止法とは?
障がい者虐待防止法は2011年6月に成立、翌12年10月1日施行をむかえる。正式名称は、「障がい者虐待の防止、障がい者の養護者に対する支援等に関する法律」と、なんだか舌を噛みそうだ。
虐待防止に関する法律としては、「児童虐待の防止等に関する法律」が2000年11月に、「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」が2006年4月に施行されている。この法律が「障がい者」として定義しているのは、障がい者基本法にある身体障がい、知的障がい、精神障がいがある人をいい、虐待の種類を、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、放置、経済的虐待の5つに分類している。また、家庭にとどまらず福祉施設や職場での事案を想定し、虐待を行う者として、養護者の他、福祉施設の職員や職場の上司等も範囲に含めているのが特色だ。
虐待を発見した者には、市町村や都道府県に通報する義務を課している。国と地方公共団体は、この通報を受けとめる機関の設置義務を負う。さらに通報を受けた市町村は、被害者の生命に関わる重大な危険があると判断した場合、家族の許可がなくても家庭内に立ち入って調査することができ、福祉施設での虐待についても、調査・指導し、その状況と対応を公表することになっている。職場での虐待は、都道府県から労働局に報告し、調査・指導の上、実態を公表する。全ての自治体に「市町村虐待防止センター」が設置され、都道府県には「都道府県権利擁護センター」が置かれることになっている。
一方、学校や医療機関には通報の責務が課せられなかった。ここんところが大いに不満が残るところだ。学校は教育委員会の管理下にあり、教育委員会は行政機関との間に一定の距離を置くことになっている。あくまで教育の独立性を担保する意味であって、いじめや虐待を閉ざされた組織の中で処理することを意味していない。事実、大津市で起きた「いじめ自殺事件」は、後手後手に回る関係機関の狼狽振りを明らかにしてしまった。
医療機関は患者や怪我人、死亡者の原因を病理的に解明し、犯罪や虐待に関与すると思われるものは、警察に通報することになっている。しかし自ら医療機関が犯す過剰拘束や薬物乱用は立証が難しい。だからといって行政機関通報から除外するという法設計には問題があるのだ。3年後に検討見直しが約束されたが、いかがあいなるかはわからない。
虐待を許さない感性と行動力を
滋賀県五個荘町の肩パッド製造会社「サン・グループ」の社長が1996年5月15日逮捕された。容疑は年金の横領だった。半年後、懲役1年6月の有罪判決が確定した。しかし働いていた知的障がい者や在職中に死亡した男性1人の遺族ら計18人が、「職場で虐待を受け、賃金未払いのまま劣悪な条件で働かされた」と、社長はもちろんのこと、就職あっせんなどをした国、県に損害賠償を求めた。裁判は原告側の訴えを認め、国や県などに計約2億6000万円の支払いを命じた。労働基準監督署が必要な調査をしていれば、同社への是正勧告が出来たのにその措置を怠った、などとして国などの違法性を認定した。障がいをもった彼らは、1982〜1996年に同社の寮で暮らしながら勤務。社長は従業員に日常的に殴るけるの暴力を加えた。発作治療を拒まれた男性が死亡した。賃金未払いで長時間労働などを強要した。従業員の障がい基礎年金計約8100万円を横領したなど完全に犯罪だった。
また、当時の公共職業安定所や県の障がい者施設などがこうした実態を知りながら、彼らを同社への就職を紹介した。家族が福祉事務所などに被害を伝えていたのに、労働基準監督署や県は改善命令などの措置をしなかったのだ。裁判の過程で本人たちの助けを求めるたどたどしい手紙が労働基準監督署の保管庫から発見された。障がい当事者の声に耳を傾けない体質が浮き彫りになった。
犯罪事件として発覚するまで10数年にわたって虐待が続けられたが、多くの人がうすうす気づいていた。にもかかわらず大胆に加担した「滋賀県広報誌」や共犯に近い「湖東信用金庫」そして機能を果たさない機関と化した「労働基準監督署」「福祉事務所」、一般就労送り込みの実績に偏った「福祉施設」。実行者の社長(和田繁太郎)は人間性を疑う人物である。つまりサングループ事件の教訓と検証に必要なのは、障がい当事者の近接領域に存在した多くの人々の、虐待を許さない感性と行動力が皆無であったことへの気づきだ。
虐待防止ワークショップ
障がい者虐待防止法が施行されても、おそらく地域から障がい者虐待はなくならない。有効に虐待を防止する地域の実践とは何か?が問われる。わが地域滋賀県の長浜では、市役所の中に虐待防止センターを設置することになっている。しかし単なる啓発機関に終わりそうな雰囲気だ。
虐待はまず当事者や目撃者と、虐待実行者との認識の違いから始まる。実行者のしつけであったり、おふざけであったり、おせっかいであったりと、虐待との認識からかなりずれる。
一方当事者にとっては、いやな思いであり、精神的な不安であり、関係性への恐怖である。これが継続的になると尊厳を傷つけ、精神的に追い込み、やがて暴力や放置へとエスカレートしていく。事実認識の違いは、決定的な価値観の違いに発展し、わずらわしいもの、弱いもの、のろい、きたないと憎悪の対象とし、物理的に排除が始まる。これが虐待なのだ。
ここんところを整理しプログラム化したのがJIL(全国自立生活センター協議会)「障がいを持つ人の虐待防止ワークショップ」だ。「つらい」ことを「つらい」という勇気をもって虐待に立ち向かう仲間を一人でも増やしたいというのが目的で、毎年数カ所で開催している。さらにJIL人権委員会では、各地のILセンターと連携して、地域で起こった虐待事案の事実確認や検証に積極的にかかわるよう呼びかけている。
昨年は、山口市で起こった障がい者デイサービス送迎運転手による性的虐待事案に、被害者当事者から相談を受けた立場で行政通報、事実確認等をおこなった。弁護士の紹介、障がい当事者の生活支援にまで踏み込んだ取り組みが地方のILセンターで現在も継続中だ。他にもILセンター自らが運営する居宅事業所で虐待事件が発生した。これにもJIL人権委員会として介入、被害当事者家族との協議や組織建て直しにもかかわりを続けている。
虐待事件は全国紙で報道されることは稀であるが、地方紙やネットでの検索を通じて障がい者虐待情報を収集している。中央法制に大きな期待を抱く一方、地域での地道な実践がいかに必要かを痛感する毎日だ。
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