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特集:法制化なるか?障がい者差別禁止法 「合理的配慮」で多様な社会へ
毎日新聞論説委員 野沢和弘さん

障がい者差別禁止法法制化が佳境を迎えています。内閣府に設置された「障害者政策委員会」の中で障がい者権利条約批准に向けて法整備を進める「差別禁止部会」が検討を重ね「部会の意見」を発表。これを基に自民、公明、民主3党の実務者協議が開かれ、法案にまとめられました。政府の提示案は、「障がい者差別解消推進法」(仮称)。障がいを理由とした不当な差別的取り扱いと、障がい者に必要な配慮や条件整備をしない合理的配慮の不提供を禁じる内容ですが、「禁止」をはずした名称に修正され、合理的配慮の法的義務づけは公的機関にとどまり、民間事業者は努力義務とされています。

「合理的配慮」とは、障がい者が実際的に平等な機会を保障されるため社会の側に環境整備を求める考え方です。例えば段差をなくしスロープをつける、聴覚障がい者と会話するため手話をつかうなど。医療・選挙・司法手続きなど、様々な場面で配慮が求められます。

4月13日、大阪障がいフォーラムの定期総会で、野沢和弘さん(毎日新聞論説委員)が「差別禁止法と地域での条例作りについて」と題して話された内容を要約・紹介します。野沢さんは、障がい者差別をなくす千葉県条例制定(2006年)の中心人物の一人で、知的障がいを伴う自閉症の息子さんの父親でもあります。

「法律が変わっても世の中が変わるわけではありません。法案成立後も行政・民間に働きかけ、世の中の空気を変えなければなりません」と野沢さんは語っています。 (文責・編集部)

差別禁止法案は、昨年秋以降、与野党対立・解散総選挙で法案化の動きが遅れていましたが、与党ワーキングチームの検討を基にした法案が、今国会に提出されます。

民主党政権下での障がい者制度改革の取り組みは「私たち抜きに私たちのことを決めるな」を合言葉に、障がい当事者を中心にした作業部会によって制度を作り直していくものでした。健康福祉千葉方式と同じで、大きな成果を挙げています。

これは自民・民主・公明のなかにいる障がい者問題に熱心な議員さん達が、「党としてはケンカしていても、この問題ではちゃんとやっていこう」と、協働のテーブルを作って地道に検討を続けてくれたからです。政権は自民党に変わりましたが、今もこのテーブルが機能しています。

答申を修正をしながら法案ができあがりましたが、ここにきて、経済団体が経産省を使うなどして、各省庁が猛烈な巻き返しを図っています。自民党の中にいる元々反対派だった議員たちも動き始めています。

政策は作り上げるところまでは楽しいのですが、成立に向けて調整・妥協していく過程は地獄だと言われます。理想的なプランを作って、地獄の調整は官僚任せにし、うまく行かなければ官僚批判をするというのでは、官僚側のモチベーションが上がるわけがありません。

7月参院選を控えて政治状況はとても流動的ですが、法案を通すには、今の通常国会で法案を提出だけして、秋の臨時国会で通すというのが、無難なスケジュールでしょう。

法案の中身

直接的な差別的取り扱いの禁止は当然ですが、合理的配慮義務の適用範囲をどこまでにするのかは重要な課題です。政府内では、抵抗感の強い民間への適用は時期尚早との意見もあり、努力規定になりました。財界の反発が根強いからです。「公的機関」には、国公立の学校や福祉施設も含まれますが、民間の個人間の行為や言論には法的効力が及びません。

直接的差別である不利益取り扱いはわかりやすく、解消に向けた方策もあれこれ考えられますが、合理的配慮義務はそうはいきません。しかし、合理的配慮を雇用や教育の場に浸透させ定着させるかで、実質的な障がい者の社会参加や機会均等の度合いが変わってきます。

合理的配慮義務は、表面上の差別行為をなくすだけでなく、多様性を認め合う社会に向けた重要な一要素です。このため各省庁がガイドラインを作り、具体的事例を積み重ねて対応することになっています。

民間の努力規定も実効性の担保が重要です。実施内容に関する報告規定を設け、違反した場合には行政指導の対象になります。悪質な虚偽報告には制裁金を払わせるなど、行政指導で歯止めをかける効果は大きいと思います。ただし、雇用については、障がい者雇用促進法が改正され、努力義務ではなく法的義務となりました。

紛争処理機関

具体的な紛争解決機関をどうするのかも、法施行後の実効性を考えると重要です。障がい者雇用促進法改正案では企業内部に相談窓口を置き、それでも解決できない場合には労働委員会など外部の紛争解決機関を利用し、それでも納得できない場合には訴訟という3段階が検討されています。

千葉県の条例では県内に約600人の障がい者差別相談員を配置して地域で起きる紛争や相談にきめ細かく対応できるようにしました。知的障がい者相談員や民生委員などが兼任しているケースが多く、実効性について疑問視する向きもありますが、県内16カ所の福祉圏域にそれぞれ広域専門指導員(県職員)を配置して解決に向けて取り組んでいます。さらには県に調整員会を設置し、各地域で解決ができない事案を持ち込み調査をしたり事情聴取をして調停、仲裁に努め、場合によっては知事から勧告できることになっています。

条例が施行されてから6年になりますが、毎年多数の相談が寄せられています。ほとんどのケースは地域での話し合いや仲裁によって解決されています。中には視覚障がい者が銀行のATMの利用ができず、窓口で取り扱いをすると手数料が取られることが相談として持ち上がり、千葉県内の銀行と視覚障がい者団体との話し合いで、目の不自由な人への合理的配慮として銀行が視覚障がい者向けの運用を行うようになったケースもあります。

絶好のチャンス

法律や条例は実際に運用が始まると、当初予想もしていなかった問題点や新たな課題が浮かび上がってくるものです。また、アナウンス効果によって当初の予想をはるかに超えて相談事例が持ち込まれてくるのも虐待防止法を見るとわかります。児童虐待防止法では、そうした新たな課題を3年ごとの見直しによって法改正に反映させてきました。

差別禁止法も経済界や関係省庁には根強い警戒があるかもしれませんが、実際に運用を始めると懸念されることの多くは余計な心配に終わるでしょう。

我が国で障がい者に対する差別を解消する取り組みが遅れてきたのは、差別という概念に対する国民の無理解だけでなく、警戒心や考えることから逃げたい心情などが複雑に絡まり合って議論することを遠ざけてきたからでしょう。そうした一般国民の心情を考えると、差別禁止法に向けた内閣府障がい者制度改革堆進会議の取り組み、政権交代して与党になった自民・公明の法制定に向けた動きは絶好のチャンスです。

差別禁止法は、名称も「差別解消推進法」となり、民間は努力義務に留めるなど、課題はありながらも、公的機関に合理的配慮義務を課したことは成果です。名より実を取ることが大事です。財界をはじめ自民党議員からも激しい反対が起きているので、原案はギリギリの線かと思います。法案が国会に提出され成立に至るまでに、内容は理想からほど遠いものになる可能性もあります。これまで差別禁止法の制定を訴えてきた障がい当事者・関係者や弁護士らは落胆するかもしれません。それでも、ここはまず1歩踏み出すべきだと思います。この機会を逃したら、しばらくチャンスはめぐってこないかもしれないからです。

同法施行は2016年4月とし、施行3年後をめどに見直すとしています。法律が変わっても世の中が変わるわけではありません。法案成立後も行政に働きかけ、民間の場で普及啓発して、世の中の空気を変えなければなりません。

虐待防止法にしても市町村にできた虐待防止センターを機能させるように、訴訟も辞さずの構えで働きかけなければなりません。法制化までの3年と施行までの3年を有効に使って世の中の空気を変えて、より良い法改正に結びつけましょう。

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