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特集:千葉県 障がい者差別禁止条例の意義と成果 生活に密着して耳を傾けるプロセスこそ重要
障がい者差別解消法成立後も条例制定運動を 毎日新聞論説委員 野澤和弘

4月26日、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律案」(障害者差別解消法)が閣議決定されました。議論の舞台は国会に移りますが、6月26日の会期末という短い期間で、障がい者関連の重要法案として、今国会でしっかりした議論を期待しています。

前号では、大阪障がいフォーラムの定期総会の記念講演として、野澤和弘さん(毎日新聞論説委員)が「差別禁止法と地域での条例作りについて」と題して話された内容を紹介しましたが、今号では、千葉方式と呼ばれる条例作りのプロセスについて語られた部分を紹介します。

野澤さんは、日本ではじめて成立した差別禁止条例(2006年)の中心人物の一人で、知的障がいと自閉症の複合障がいの息子さんの父親でもあります。この条例の特徴は、障がい者が人間らしく生きることを妨げている差別を具体的に定義し、こうした差別を発見し、解決するための仕組みを確立しました。

野澤さんは、「法律だけで世の中が変わるわけではない」、「プロセスこそ大事だし、法律を機能させる仕組みと運動こそが重要」と語ります。(文責・編集部)

条例作りのなかで学べたこと

千葉県の障がい者差別をなくす条例(正式名称「障がいのある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」)が成立したのは2006年10月です。「日本初」の障がい者差別禁止条例です。ただし、千葉県はけっして福祉や人権擁護の実践が進んでいた県ではありません。東京に隣接した都市部を除いては保守的な風土が色濃く、障がい者福祉の面ではむしろ後進県といってもいいくらいでした。

2001年に女性や障がい者の問題、医療や介護問題に熱心な堂本暁子さんが知事に当選し、任期中になんとか千葉の福祉をよくしたいということで「健康福祉千葉方式」を提唱しました。これは、@地域の全ての人を主体にするために、各分野に横断的な福祉を構築すること、A政策立案段階から官民共同で進めることを原則としています。障がい者差別禁止条例についても、県庁内部だけで専門家が作るのではなく、障がい当事者とその家族を中心にした研究会で作るという手法を採用しました。

研究会は、ほとんど公募によって29人の委員が選ばれました。車いすの人、視覚障がい者、聴覚障がい者、精神障がい者、知的障がい者など当事者だけでなく、障がい者の家族、医療や福祉などの従事者が研究会のメンバーです。さらには地元の薬局チェーンの役員、観光ホテルの営業マン、不動産会社社長、旅行代理店社員という企業側4人も含まれていました。国会で審議中の差別禁止法も企業側からの反対が強いのですが、千葉では、最初から企業側の意見も取り入れたので、中身も深まり現実的な条例案となりました。

条例作りの過捏は、関係団体に対するヒアリングだけでなく、600万の人口を抱える広域な面積の県内各地に出向いてタウンミーティングも盛んに行い、堂本知事自身が作業部会に出席し、深夜まで議論に参加したり、各地のタウンミーティングにも出向いて住民の声に耳を傾けました。

差別の現実を共有する

研究会はまず、現実に起きている差別事例を集めることから始めました。障がい者や家族の方々に集まってもらったのですが、皆さん日々の生活を送ることに精一杯で、過去に起きた理不尽な出来事や不愉快な思いはどこかに仕舞い込んでいることが多いものです。

最初は、なかなか出なかったのですが、一人が語り始めると「そういえば私もこんなことがあった」と次々と事例が語られました。膨大な時間がかかりましたが、その後の展開を考えると差別事例の収集は大きな意味を持つことになりました。

まず、障がい当事者や家族に自らが悔しい思いをしたり生活に不便をもたらしたりしている差別を自覚することにつながったからです。

なぜ差別されなければならないのか。なぜ差別を我慢しなければいけないのか。どうすれば差別を解消できるのか。当事者が自らの当事者性を自覚しなければ、差別をなくす条例の必要性は浮き彫りにならず、条例制定に向けた原動力も生まれません。

実例が集まってみると、あらゆる分野にさまざまな理不尽な差別が起きていることがわかりました。信じられないような事例も多かったのですが、特に記憶に残っている例を紹介します。

・重度の身体障がいのある子が普通学級への通学を希望し、学校側は「ほかの子の迷惑にならない」という条件を提示した。ある日、その子がクレヨンを床に落としてしまった。手が届かずに困っていたため、隣の席の子が取ってあげようとしたら、「取ってはダメだ。迷惑をかけないことが条件なのだから」と先生が制止したという。別の教室で授業を受けていたその子の兄をわざわざ呼びに行かせ、連れてきてクレヨンを拾わせたという。

・ある家族がマンションへの入居の手続きを管理組合でしていたところ、「ペットを飼う場合には管理組合に登録した上で、管理料を上乗せして払うことが規約で決まっている。お宅には障がい児がいるので、ちやんと登録して管理料もペットと同額払ってもらいたい」と言われた。

・多動で落ち着かない子が風邪をひいて病院に連れて行ったところ、「ちやんと座れるようになってから来るように」と診察を拒否された。ダウン症の子に対して医師が待合席に聞こえるように「ダウン症は薬を飲んでも治らない」と、大きな声で言った。

しかし、こうした悪意や意識的な差別は意外と少ないこともわかりました。知らずに、あるいは善意でやっていることが障がいのある人を傷つけているケースが圧倒的に多いのです。だから、強い罰則で規制するのではなく、身近なところから理解してもらう方が効果が上がるのではないかと思い、罰則のない条例となっています。

この条例は、障がい者だけではなく、全ての子どもにとって必要な条例だと思っています。何の障がいもなく、経済的にも裕福で、頭も良くてという人はむしろ少数です。家族や親戚が病気や怪我で障がい者になることもあります。人生何があるかわからないのです。人それぞれの生きにくさに想像力を働かせて、多様性を尊重しあえる社会にしていくことが、これから高齢化と人口減少が進む日本を、やさしくて成熟した社会にしていくことだと思います。

「障がい者が暮らしやすい社会」を旗印にして、全てのお年寄り、子どもたちが暮らしやすい、やさしい社会が作れるのではないかと思います。

企業側委員の苦言を取り組む努力

研究会は、企業関係者など利害が対立すると思われた分野からも委員を招くなど、積極的に異論を取り込む努力もしました。中小企業の経営者から厳しいことを言われたこともあります。「障がい者だからといって甘えてはならない。長期間にわたる不況で中小企業がどのくらい倒産したのか知っているか。労働能力が不足している人を雇用して会社がつぶれるわけにはいかない。大変な思いをしているのは障がい者だけではない」というものでした。

この経営者は、知的障がいの娘さんの父でもありました。障がい者の家族の気持ちと会社経営者の論理の板挟みになっている複雑な胸の内を吐露したのでした。研究会のメンバーだった企業側の人々はそれまでほとんど発言をしなかったのですが、この経営者の勇気ある発言を皮切りに、障がい者には耳の痛い意見も述べてくれるようになりました。本音を語っても受け止めてくれるという信頼感を得たからだと思います。

立場の異なる人々が政策立案過程を共有することは、合意形成に大きな力を発揮します。

計33カ所で行ったタウンミーティングには、県職員が研究会メンバーと出向き、地元の市民らと意見交換をしたほか、議会への説得にも障がい児の母たちをはじめ民間委員が自発的に地元議員を訪ねて交渉しました。

条例案を作るだけでなく、成立に向けて利害調整し妥協する「地獄の過程」も官僚任せにせず、障がい当事者や家族がフル活動したのです。議員から侮辱的な言葉を投げつけられた母親もいましたが、慣れない活動を通して汗をかき、泥をかぶることによって県庁職員の苦労もわかりました。そうした姿を見せられた県庁職員たちが障がい者に寄せる信頼も確固たるものになりました。

混沌とした悩みに耳を傾ける努力

条例ができてどうなったか?とよく聞かれるのですが、条例ができたからといって、翌日から障がい者の福祉が良くなったなんてことはあり得ません。しかし、毎年数百件にのぼる差別事例の相談が寄せられるようになりました。

それらはまず、第1段階として県内600人の差別に関わる相談員が対応します。そのうえで第2段階として 各福祉圏域に16人の県職員が指導員として配置されていて、地元で仲介に入って調整します。それでもダメな場合は第3段階として、県の調整委員会に持ち込まれ、第3者の立場から調査・検討し、場合によっては県知事が勧告を出すという3段階で解決が図られるようになっています。

千葉県に続いて、北海道・岩手・熊本にも条例ができ、さいたま市や八王子市にも波及しています。差別禁止法が成立した後も、普及啓発こそが重要です。法律だけで世の中が変わるわけではないからです。

自治体レベルでの条例制定は、とても重要です。というのも現実は、当事者自身に「差別された」という意識が混沌としている場合が、圧倒的に多いからです。「これを差別として申し立てて良いのかなぁ?」とみんな悩んでいます。しかも「合理的配慮」などは、当事者が申し立てないかぎり絶対に表面化しないことです。

重要なのは、障がい者の生活に密着してちょっとした不安や悩みに耳を傾けて、表に出していくことです。こうしたことは法律ではできません。各自治体に条例をつくり、きめ細かな相談体制を作り上げることが大切です。

法律や条例は、自治体が本気で動かないと機能しません。そのためには自治体が本気になるような働きかけが必要です。自治体で条例を作って、民間と行政がプロセスを共有し、やる気を高めながら一体となってやることです。この法律を利用して世の中を変えなければなりません。行政に働きかけ民間も啓発して、世の中の雰囲気を変えなければなりません。

この法律を機能させるための仕組みを各自治体の職員と一緒に作り上げてください。

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