●講演(こうえん)● 　『ガオ』について　 　ぼくはずっと東京(とうきょう)の日(ひ)の出(で)町(まち)に住(す)んでたんだけど、４年前(ねんまえ)に伊豆(いず)に引(ひ)っ越(こ)したんです。そこで拾(ひろ)った木(き)の実(み)をコラージュ（注１）してつくったのが、この『ガオ』（こどものとも２００１年(ねん)11月号(がつごう)、福音館(ふくいんかん)書店(しょてん)）という絵本(えほん)。 　これは木(き)の実(み)がつくった絵本(えほん)なんですね。「きみは何(なに)になりたいんだ？」って聴(き)きながら並(な)べていってると、いろんなことを教(おし)えてくれるわけ。彼(かれ)らはふつうの人(ひと)たちには言葉(ことば)を伝(つた)えないから、ぼくが伝(つた)えてあげてるっていうかね。だからパパパッとできる仕事(しごと)じゃないわけですよ。そうしているうちに木(き)の実(み)が落(お)ちてこなくなる。結局(けっきょく)３年間(ねんかん)かかって完成(かんせい)しました。 　編集部(へんしゅうぶ)の担当者(たんとうしゃ)の女性(じょせい)が「おもしろいねぇ」ってずっと言(い)ってくれてて、それがぼくの励(はげ)みにもなってね。でも他(ほか)のほとんどの編集者(へんしゅうしゃ)は「わかりませんねぇ」って言(い)うみたいね。わからなくていいんじゃないのってぼくは思(おも)う。だって木(き)の実(み)がつくったものなんだから、わかんないやつにはわかんないんだよ（笑(わらい)）。 　子(こ)どもたちはすごく喜(よろこ)んでるんだ。親(おや)は「気持(きも)ち悪(わる)い」って言(い)うらしいね。木(き)の実(み)って生(い)き物(もの)だから、すごい迫力(はくりょく)があるんだよね。だから気持(きも)ち悪(わる)いっていうのはわかる。でも子(こ)どもって自然(しぜん)の一部(いちぶ)だから、同族(どうぞく)なわけよ。だからすごい興味(きょうみ)をもっちゃうんだよね。 注(ちゅう)１　紙(かみ)などの上(うえ)にいろいろな素材(そざい)を貼(は)り付(つ)けること。『ガオ』の場合(ばあい)は、紙(かみ)の上(うえ)に木(き)の実(み)をそのまま置(お)いている。 『モクレンおじさん』 　『ガオ』は、紙(かみ)に絵(え)の具(ぐ)で背景(はいけい)を描(か)いて、その上(うえ)に木(き)の実(み)を並(なら)べてるんです。それが正(ただ)しかったのかどうかということは前(まえ)からちょっと気(き)になってたんだけど、３年(ねん)かかってやってると後戻(あともど)りできないんだよ。最初(さいしょ)からやり直(なお)さなきゃいけないから、去年(きょねん)、一昨年(おととし)落(お)ちてきた木(き)の実(み)たちが教(おし)えてくれた物語(ものがたり)が全部(ぜんぶ)無駄(むだ)になっちゃう。だから気(き)になりつつも、無意識(むいしき)のうちに自分(じぶん)で自分(じぶん)をごまかしながら仕上(しあ)げたところがあるんです。 　この絵本(えほん)の次(つぎ)が『モクレンおじさん』なんですね。去年(きょねん)からモクレンの実(み)を拾(ひろ)ってつくりはじめてるんだけど、今度(こんど)は地(じ)べたに並(なら)べてるんです。そしたら地(じ)べたそのものがまた語(かた)りかけてくるわけ。そしてこのモクレンおじさんのやりたいことがどんどんできてくる。どんどん歩(ある)いて、とにかく海(うみ)へ行(い)くんだよ、このモクレンおじさんは。最後(さいご)は波(なみ)がばぁーっと来(き)て、モクレンおじさんは海(うみ)へ飛(と)び込(こ)んじゃったもんね。 　植物(しょくぶつ)はぼくらの味方(みかた)　 　ぼくは花粉症(かふんしょう)なのね。でもぼくは薬(くすり)を絶対(ぜったい)飲(の)まない、マスクはしない、ふとんは外(そと)に干(ほ)す、窓(まど)は全部(ぜんぶ)開(あ)けっ放(ぱな)す。そうすることで、ぼくは植物(しょくぶつ)と連帯(れんたい)しているわけ。「やってよやってよ！」ってね（笑(わらい)）。それだけぼくは体(からだ)じゅう投(な)げ打(う)ってるのに、まだ許(ゆる)してくれないんだよね。それで春(はる)は石垣島(いしがきじま)に逃(に)げてるんだけど。 　「今年(ことし)のもみじはあんまりきれいじゃないですね」とか言(い)う人(ひと)がいるじゃない。そういうこと言(い)う権利(けんり)があんたにあるの？って思(おも)うの。ぼくらは排気(はいき)ガスをまき散(ち)らしたり、フロンガスでオゾン層(そう)に穴(あな)をあけたり、植物(しょくぶつ)に対(たい)してとんでもないことをいっぱいしてるわけだよ。植物(しょくぶつ)は一生懸命(いっしょうけんめい)人間(にんげん)や他(ほか)の動物(どうぶつ)たちのために酸素(さんそ)をつくってくれて、食(た)べ物(もの)を与(あた)えてくれてるわけでしょ。それに対(たい)してなんでそういうことを言(い)うのか。 　モクレンって園芸種(えんげいしゅ)じゃん。庭木(にわき)は改良(かいりょう)されているからこれ見(み)よがしに花(はな)が咲(さ)くよね。そういうものに対(たい)してぼくは偏見(へんけん)があったんだけど、「モクレンは園芸種(えんげいしゅ)だからいやだ」なんてことを言(い)っちゃいけないということに気(き)がついたんですね。植物(しょくぶつ)はどんなものであってもぼくらの味方(みかた)であるわけですよ。 　生(い)き物(もの)たちのレクイエム　 　日(ひ)の出(で)の森(もり)トラスト（注(ちゅう)２）は、そういう生(い)き物(もの)たちを守(まも)る闘(たたか)いだとぼくは思(おも)ってたんだけど、来(き)てくれる人(ひと)たちはどうもそうじゃないんだね。足元(あしもと)に咲(さ)いてるきれいな花(はな)を踏(ふ)みつけても気(き)づかない人(ひと)もいるんだよ。ぼくは生(い)き物(もの)ってみんな好(す)きなんだと思(おも)ってたよ。だけどみんな違(ちが)うのかぁ、ぼくと違(ちが)うのかぁってことに気(き)がついたんですね。そうしたら、ますます自分(じぶん)のやることがわかってきたのね。 　今(いま)人間(にんげん)たちがやっていることは、もう環境(かんきょう)破壊(はかい)なんていうレベルを超(こ)えた地球(ちきゅう)そのものの破壊(はかい)活動(かつどう)だからね。それに対(たい)して正面(しょうめん)から抵抗(ていこう)していくには直接(ちょくせつ)行動(こうどう)しかないわけで、そのためにぼくは日(ひ)の出(で)の森(もり)で命(いのち)がけで闘(たたか)ったんだけど、今(いま)やれることは、アートとしてそれを残(のこ)すこと。植物(しょくぶつ)たちの遺言(ゆいごん)を、ぼくが彼(かれ)らの声(こえ)を聴(き)きながら残(のこ)していくことだと思(おも)うんです。生(い)き物(もの)たちのレクイエムだね。今(いま)やっとそこへたどり着(つ)いたんです。だから、すごくやりたいこといっぱいなんだよね。 注(ちゅう)２　東(とう)京(きょう)都(と)日(ひ)の出(で)町(まち)のゴミ処分場(しょぶんじょう)問題(もんだい)。第二(だいに)処分場(しょぶんじょう)計画(けいかく)予定地(よていち)の森(もり)の一部(いちぶ)を、田島(たしま)さんたち市民(しみん)が共同(きょうどう)購入(こうにゅう)し守(まも)ってきたが、２０００年(ねん)、東京都(とうきょうと)によって強制(きょうせい)収用(しゅうよう)された。 　絵本(えほん)は芸術(げいじゅつ)だ！　 　絵本(えほん)というものを、ぼくは「芸術(げいじゅつ)だ！」と思(おも)ってるわけよ。ひとつのアートとして考(かんが)えてるんだ。 　すごく芸術的(げいじゅつてき)な、子(こ)どもたちのごきげんをとらない絵本(えほん)をつくりたい。そういう魂胆(こんたん)でつくっているにもかかわらず、なんでぼくの本(ほん)が売(う)れているんだろうね。ぼくの本(ほん)で絶版(ぜっぱん)になったものってほとんどないよ。何十年(なんじゅうねん)も売(う)れつづけているんだよね。ひとつだけ、『くもだんなとかえる』というのが１週間(しゅうかん)で絶版(ぜっぱん)になったけどね。これはね、子(こ)どもがひきつけを起(お)こしちゃったんです。そのときはショックを受(う)けましたね。「自分(じぶん)の本(ほん)で人(ひと)が死(し)んだらどうしよう」って。けど今(いま)は、「いいじゃないか、大人(おとな)だってひきつけを起(お)こすような本(ほん)を描(か)いてやるよ」って思(おも)ってるね。どうもありがとうございました。 ●インタビュー● ―今日(きょう)は楽(たの)しいお話(はなし)をありがとうございました。お話(はなし)を聴(き)いていると、『ガオ』や『モクレンおじさん』は木(き)の実(み)と田(た)島(しま)さんのコラボレーション（共同(きょうどう)制作(せいさく)）ですね。 　そうそう。だからぼくっていう人間(にんげん)はなくてもいいんだけど、こんなにまで彼(かれ)らとつながった人間(にんげん)が他(ほか)にいないからぼくがやってるんだよ。 　ただやっぱり今(いま)までずいぶん失敗(しっぱい)してんだよね。ぼくが４年前(ねんまえ)に伊豆(いず)に引(ひ)っ越(こ)したとき、庭(にわ)に山桜(やまざくら)がいっぱい咲(さ)いてたんだよ。その実(み)をみんなが踏(ふ)んで歩(ある)くと、下(した)がコンクリートだから赤(あか)い汁(しる)が血(ち)のように流(なが)れるんだよね。すごくそれが陰惨(いんさん)な感(かん)じがするから、まだ踏(ふ)まれる前(まえ)のやつを拾(ひろ)って、ベランダで干(ほ)したの。干(ほ)すと柄(え)がついたまま固(かた)まって、精子(せいし)みたいな感(かん)じがするんだよね。そこからなぜか「少年(しょうねん)」っていうイメージがわいてね。ちょうど４年前(ねんまえ)っていうのは、17歳(さい)の殺人(さつじん)事件(じけん)とかがすごく問題(もんだい)になってたんだ。けど、殺人(さつじん)を犯(おか)した少年(しょうねん)の心(こころ)のほうがむしろ傷(きず)ついて血(ち)を流(なが)してたんじゃないかっていう気持(きも)ちから、血(ち)を流(なが)している少年(しょうねん)っていうコラージュを山桜(やまざくら)の実(み)でつくったんだよ（『いろいろ あっても あるき つづける』光村(みつむら)教育(きょういく)図書(としょ)）。 　すごく自分(じぶん)では好(す)きなコラージュになったんだけど、でもそれはぼくの考(かんが)えであって、山桜(やまざくら)の実(み)が言(い)ったことじゃないんだよ。こっちの気持(きも)ちが先(さき)に立(た)って、山桜(やまざくら)を利用(りよう)してしまったわけ。２００１年(ねん)あたりからちょっと何(なに)か違(ちが)うかなっていう感(かん)じがしてきてね。だんだん木(き)の実(み)たちの言葉(ことば)が聴(き)こえてきたっていうか。 　精子(せいし)のような山桜(やまざくら)の実(み)ってのは、その実(み)そのものが美(うつく)しいわけだよ。たとえが良(よ)くないかもしれないけど、知的(ちてき)障害(しょうがい)の人(ひと)たちの素晴(すば)らしさってあるじゃない。「なんでこういうことをやれるんだろう！」っていうことをしゃあしゃあとやってのける人(ひと)がいるとしたら、その人(ひと)自身(じしん)が素晴(すば)らしいんだ。もうそれだけでいいんだけど、その人(ひと)に絵(え)の具(ぐ)を渡(わた)すとすごい絵(え)ができたりするんだよね。 ―障がい者(しょうがいしゃ)の作品(さくひん)が「エイブルアート」と呼(よ)ばれたり、今(いま)ちょっとしたブームにもなっていますね。 　ぼくは知的(ちてき)障害(しょうがい)の人(ひと)に助(たす)けられたっていうのがすごくあるんだよ。描(か)き方(かた)なんか真似(まね)しちゃってるからね。 　ぼくらがみんな個性(こせい)が違(ちが)うように、知的(ちてき)障がい者(しょうがいしゃ)っていうことでくくれないじゃない。でも多(おお)くの人(ひと)は、知的(ちてき)障がい者(しょうがいしゃ)の絵(え)は幼児画(ようじが)に近(ちか)いっていうふうに決(き)めつけてるんだよ。山下(やました)清(きよし)の貼(は)り絵(え)の緻密(ちみつ)さを見(み)て、「こんなことは知的(ちてき)障がい者(しょうがいしゃ)だからやれるんだ」とかね。知的(ちてき)障がい者(しょうがいしゃ)は単純(たんじゅん)作業(さぎょう)の仕事(しごと)に向(む)いてるとかいうけど、まったく間違(まちが)いだよね、それは。そういう勘違(かんちが)いっていうのはいっぱいある。知的(ちてき)障害(しょうがい)の人(ひと)がみんないい絵(え)を描(か)くわけじゃなくて、つまんない絵(え)を描(か)く人(ひと)もいるしね。 　ぼくの知(し)り合(あ)いでマッチャンっていう知的(ちてき)障害(しょうがい)の人(ひと)がいるんだけど、腕時計(うでどけい)が大好(だいず)きで、一日中(いちにちじゅう)時計(どけい)ばっかり見(み)てるんだよ。絵(え)の具(ぐ)を渡(わた)したらすごい大胆(だいたん)な絵(え)を描(えが)くんだけど、でも見(み)てるのは時計(とけい)なんだよ（笑(わらい)）。紙(かみ)がこすれて穴(あな)があいても描(か)いているんだけど、その絵(え)がなぜかおもしろいんだよね。 　そういうのと、ぼくがいろいろ木(き)の実(み)に問(と)いかけてやっているのと、どっかでつながるところがあるような気(き)がするわけよ。木(き)の実(み)は自分(じぶん)で動(うご)いてやってくれないからぼくの手(て)を使(つか)うんだけど、地面(じめん)に並(なら)べていくということは地面(じめん)が要求(ようきゅう)しているみたいなところがあるんだよね。 　こういうとマッチャンに怒(おこ)られるかもしれないけど、マッチャンって地面(じめん)みたいな人(ひと)なのかもしれないね。 ―それでも田(た)島(しま)さんの絵本(えほん)のなかには田(た)島(しま)さんのメッセージが入(はい)っているわけですよね。 　そのへんを今日(きょう)の講演(こうえん)で言(い)うのを忘(わす)れてたんだけど、「人生(じんせい)のお汁(しる)」っていうのはどういうことかというと、ぼくが今(いま)までずっと生(い)きてきて、悩(なや)んだり苦(くる)しんだり喜(よろこ)んだりしたことが、自然(しぜん)に「お汁(しる)」になってにじみ出(で)てくるわけ。「自然(しぜん)を守(まも)る絵本(えほん)」とか、「人間(にんげん)にやさしい絵本(えほん)」とか、そういうコンセプトが先(さき)に立(た)ったらろくなものはできないんだよ。自分(じぶん)が一所懸命(いっしょけんめい)やってるなかで、隠(かく)してても絶対(ぜったい)にじみ出(で)てくるもんなんだ。逆(ぎゃく)に出(だ)そうと思(おも)って出(だ)せるものでもないんだよね。 　すぐれた絵(え)、人(ひと)の心(こころ)を打(う)つような絵(え)は、絵(え)の具(ぐ)で描(か)いた絵(え)じゃないんだ。人生(じんせい)のお汁(しる)で描(か)いた絵(え)なんだよ。今日(きょう)はそれを言(い)うのを忘(わす)れてたよ（笑(わらい)）。 田島征三●たしま・せいぞう １９４０年(ねん)大(おお)阪(さか)に生(う)まれる。絵本(えほん)に『ちからたろう』（ポプラ社(しゃ)）『しばてん』『ふきまんぶく』『とべバッタ』（偕成社(かいせいしゃ)）『ふるやのもり』『だいふくもち』（福音館(ふくいんかん)書店(しょてん)）など。エッセイ集(しゅう)に『絵(え)の中(なか)のぼくの村(むら)』（くもん出版(しゅっぱん)）『森(もり)からの手紙(てがみ)』『ふしぎのアーティストたち』（旬報社(じゅんぽうしゃ)）など。その他(た)著書(ちょしょ)多数(たすう)。