5ひきめ(2002年9月)
特集・続・がんばらない生き方
インタビュー
「百聞は一見にしかず」の農的暮らし松尾博子・永田若菜
京都府綾部市の農村で隣同士に暮らし、無農薬の有機農業を営む松尾博子さんと永田若菜さん。現代社会は都市部に人口が集中する一方で、若者や脱サラの就農者が増えるなど「田舎暮らし」がひとつのブームにもなっています。そんなブームとは関係なく、「好きだからここにいる」というおふたりに、農的暮らしの魅力についてお聞きしました。
百姓仲間はみんな貧乏!?
―今回の特集は「続・がんばらない生き方〜自分で決めるということ」なんですが、自分の生き方を自分で決めるのってなかなかむずかしいと思うんです。おふたりとも以前は都会で会社勤めをされていたそうですが、都会を出て農業を始めるときに不安はありましたか。
松尾 もちろん不安はありましたよ。農業なんてやったことなかったし、周りはみんな大反対でした。「それで食べていけるのか」みたいな。
―やっぱり都会で働いていると経済的安定っていうのは大きいですよね。
松尾 そうですね。でもまだ1人だし、何とでもなるかな、と。
永田 松尾ちゃんのところに「どうやったら仕事を辞める勇気がもてるんですか」っていうメールがくるんですよ。憧れはあるんだけど、あと一歩が踏み出せない。たぶん生活の安定っていう強迫観念から逃れられないんでしょうね。そういう人と私たちと何が違うのかと思うに、私たちって物欲とか金銭的な欲がもともとないんじゃない?
松尾 ああそうか。物よりも、行動して楽しむほうにお金使うよね。
永田 そう。そっちのほうに価値観おいてるっていうか、そっちのほうが好きなんだよね。お金に対する執着がなかったら、農業に限らず好きなことをすぐに始められると思うんですよね。周りの百姓仲間を見ていても、物欲がある人は一人もいない。悪く言っちゃえば貧乏・・・
松尾 貧乏性(笑)。
―今の世の中、物欲にまみれてますもんね。
永田 最近とみにそう思いますね。私はどんどんこの綾部の生活に馴染んでるじゃない? 実家が首都圏のほうなので、帰るたびにそのギャップがすごい。
―そういう物欲なんかに流されないのは田舎のほうがやりやすいですか。
永田 東京では流されないようにふんばってるだけでも疲れちゃうね。もともと私は東京の人間じゃないし、そこでがんばろうっていう気もなかったしね。
作ることが好き
―今はどんな生活を?
松尾 最近は加工のシーズンで、お醤油作りとかもろみ作りをしています。ふだんは農作業ですね。時間が空いたときは近くの町工場のアルバイトに行ったりとか。収入の4分の3はお米かな。あとはお味噌。それを知り合い中心に小規模に販売しています。野菜は自給分だけです。
永田 私は翻訳の仕事が今まで主だったんですけど、それが自然に減ってしまって時間ができたので、今は自宅で英会話を教えてます。あとは町工場のバイトと、自分の自給菜園と田んぼです。
―永田さんは、もともと本業だった翻訳の仕事が減って、焦る気持ちはないですか?
永田 今はないなあ。翻訳のかたわら農作業っていう生活を丸3年やってきて、もう疲れてたから、今はむしろうれしいですね。
―仕事以外には何を。
松尾 私は和太鼓にはまってます。あと最近は、友達に教えてもらって焼き物を。七輪に植木鉢でふたをして即席の窯にするんですよ。いろんな友達がいて楽しいですよー。
永田 私は三線(沖縄の三味線)ですね。今度お寺でライブするんですよ。
松尾 そのときは私はバイオリンでね。
―めっちゃ楽しそうですね。時間と空間がゆったりしてると、いろいろやってみたくなるんでしょうか。
永田 人間、スペースは必要なんじゃないかと思いますね。東京みたく空が狭いところでは何もする気が起こらない。
松尾 都会にいれば周りに物があふれかえってるから、ほんとにお金さえあればなんでもできるでしょう。私は都会にいるときは「与えられてる」っていうのがすごく嫌だった。遊びでもなんでも。窮屈だった。
―「与えられてる」というのはどんな感じですか?
松尾 たとえばカラオケにしても与えられたものじゃないですか。それはそれでいいんだけど、こっちだと楽器を持ってみんなで集まったり、自分たちで楽しむんです。
永田 でも、綾部でもカラオケ好きな人はいっぱいいるし、若い人たちは都会とあまり変わらない生活をしてる。だからそれは都会特有ってことじゃないような気がする。そういう生活が好きか嫌いかってことじゃないかな。
松尾 そうね。たまたま私たち2人が「作る」ってことが好きだったっていうこともあるね。
永田 私は、自分の生活は自分で作りたいとずっと思ってたんです。会社でやる仕事というのは、自分が食べるものとは無関係じゃないですか。それが嫌だったの、私は。
生活を楽しむこと
―都会でマンション暮らしなんかしていると、生活にリアリティを感じないことがあります。
永田 私はそこにすごく虚しさを感じて嫌になっちゃった。松尾ちゃんは生活のリアリティってことが前提になり過ぎちゃってるから、あんまり考えたことがないんじゃないの?(笑)
松尾 いやいや、前は私もそんなリアリティがない生活がふつうでしたからね。実は私の場合は農業をやりたくて入ったわけじゃないんですよ。ほんとは外国に旅に出たかったんですね。でもその前にちょっと農業をのぞいてみようっていう感覚で入ったんです。それからもう6年になるんですけど(笑)。それまでは「日本なんて」と思ってたんだけど、ちょっと足を踏み入れてみたら、日本で一昔前までふつうに営まれてた生活がすごくおもしろいということに気づいた。
永田 昔の暮らしにすごく憧れがあるよね、2人とも。私たちより下の世代って、物があるのが当然だから、ほんとに物に愛着がない。それがどんどん加速しているようで。
―今は百円均一ショップで雑巾まで売ってる。
松尾 労働を買うっていうかね。何もしなくていいから、何もできなくなっちゃいますよね。
永田 家電のコマーシャルで、「家のことをもっと楽しもう」っていうキャッチコピーがあるでしょう。リモコンのボタンを押すだけでエアコンの内部の掃除を自動的にしてくれるとか、掃除機をかけるだけで拭き掃除もやってくれるとか。そこまで機械にやってもらって、あと何を楽しむんだろう? 私はその手間のほうが楽しい人間なのかもしれない。
―最後に、今の生活を変えたいけどなかなか変えられなくて迷ってる人たちにメッセージを。
松尾 私、何も言うことないわあ(笑)。私の場合は自分が心地良いほう、心地良いほうってやってきて今があるだけなんですよ。だから・・・。
永田 その人の状況にもよるしね。有機農業も簡単には勧められない。悲しいけど有機農業の現実として離婚が多いっていうのはあるんですよ。
松尾 やっぱり収入の問題が絡むからね。
永田 まず、肩書きがなきゃ生きられないとか、どこかに属してないと不安になるっていうところから抜け出さないとむずかしいと思いますね。ほんとに興味があるなら、いきなり仕事を辞めなくても有休使っていろいろ見て回ればいいと思う。
松尾 そう。ちょっとでも行動したら世界が広がると思います。ただ見に行って、人と会うだけでも。
永田 「百聞は一見にしかず」ですよ。これでまとまったね(笑)。
ながた・わかな●愛知県生まれ。3年前、京都府綾部市に移住して自給田畑を耕しながら、字幕翻訳、英会話教室の半農SOHO生活。まつお・ひろこ●長崎県生まれ。農の世界で7年目。主に米、大豆を作り(米80アール、大豆30アール)、大豆は味噌、醤油などに加工。